第四章 その6 おっさん、因縁の対決
「聞こえなかったか? 俺たちから奪った腕輪と仲間、それから魔動兵器も返してもらうぞ」
男が肩に載せた大砲をこちらに向ける。巨大な火柱を生む強力な魔動兵器だ。
村長とナディアが「ひいっ」と震えあがるも、ハインはさらに一歩前に踏み出して赤いマフラーの男を鋭く睨み返す。
「あれは王国が管理する物だ、お前たちのような連中が持つべきではない!」
「うん、どっかで見た顔だな……と、大聖堂のおっさんとお嬢ちゃんか!」
男はマフラーと髪の毛の間からわずかに見える目を真ん丸にしたあと、豪快にがははと笑い飛ばす。
「なんて因縁だろうね、まさかこんな所で再会するとはよぉ。てことはフレイたちもあんたにしてやられたってわけか? ははは、あいつはどこまでも詰めが甘いなぁ」
「な、何の騒ぎ?」
いつの間にかマリーナ他兵士たちも詰め所から飛び出していた。ようやく立ち上がれるほどに回復したかと思ったら、すぐにこんなシーンに出くわしてしまうなんてなんとついていないのだろう。
「狙いはやはりこれか……」
村長がそっと懐から何かを覗かせる。捕まえたフレイがはめていた、王国の紋章の入った解呪の腕輪だ。どこからか盗んできたのだろう。
フレイはじめ生き残った山賊は解呪の腕輪を外され、魔術の使用を封じられている。本日取り返した腕輪は13個。さらに連中の使っていた魔動機関銃も回収されたとあっては、山賊にとっては大きな戦力ダウンだ。
「動くな、貴様は既に包囲されている!」
飛び出した兵士たちが素早く男を取り囲み、魔動銃を突きつける。誰が合図するまでもなく陣形が形成され、並みならぬチームワークを見せつけた。
普通ならこの場で手詰まりだろう。だが男は嘲笑うようにふんと息を吐くと、わざとらしく首を横に振った。
「包囲、ねえ。そんなもんで包囲だって思えるならあんたたちおめでた過ぎるぜ」
「撃て!」
誰かの号令で、兵士たちは一斉に射撃を開始する。
だが同時に男は腕を動かすそぶりも見せず、結界魔術を展開した。男の身体を淡い緑の光が包み、撃ち込まれた弾丸をすべて弾き返す。
絶句する兵士たち。熟練した魔術師であっても術を行う時には手を上げたり声を出して意識を集中させるのがほとんどなのだが、この男はそんな動作さえ必要とせず魔術を意のままに操る技量を持っていた。
「それで終わりかよ……それならこっちもいくぜ!」
結界をまとったままにもかかわらず、男は手にした魔動兵器を兵士たちに向ける。
途端、大砲の巨大な口から大人の顔ほどの大きさの火球が飛び出した。
魔動銃の弾丸に比べれば遅いものの、火球は地面に着弾したかと思えば一瞬にして優に10メートルはあろう巨大な火柱へと姿を変えた。
あり得ない火力に一同は言葉を失い固まる。着弾点の近くにいた3人の兵士が巻き込まれ、炎に全身を包まれて吹き飛んだ。
「貴様、2つの術を同時に展開できるのか!?」
兵士のひとりが絶叫する。だが直後、間髪無く放たれた2発目が憐れにも直撃し、兵士は四肢も頭部も身体のあらゆる部位を爆散させた。
マリーナとナディアが金切り声をあげ、兵士たちの中にも驚き腰を抜かす者、声も出せず硬直する者と動揺が走る。
「さあ、返してもらおうか!」
にやにやと笑いながら大砲をこちらに向けるマフラーの男。勇敢にも何人かの兵士の結界魔術を展開して皆を守ろうとするが、あの破壊力の前ではこの障壁も通用するかどうか。
村長は喉を鳴らし、がたがたと足を震わせながらも前に踏み出る。
「わかりました、今用意します。ですのでこれ以上村を破壊しないでください」
村長が発言するなり、兵士のひとりが回れ右して詰所の中へと飛び込んだ。要求通りフレイたちを解放して腕輪も持ってくるのだろう。
「俺は死人をなぶり殺す趣味は無い、要求さえ通してくれるならそれでいいぞ」
男は高笑いしながらなおも大砲をこちらに向け続ける。結界魔術もまだ微弱ながら効果が持続しているようで、赤い炎を背に薄緑の光を帯びている。単なる弾丸なら傷ひとつ付けられないだろう。
「良いのですか村長?」
ハインが鋭く訊く。頷き返した村長の目は確信に満ちていた。
「背に腹は代えられません。それに、こちらも無策なわけが無いでしょう」
ちらりと村長が視線を反らす。その先にあったのは村の聖堂の鐘楼だった。
レンガ造りの聖堂は小規模ながら村の人々の憩いの場となっており、その鐘楼はせいぜい2階建ての家屋しかない村の中では飛び抜けて高い建物だった。
じっと目を凝らすと、吊り下げられた鐘のすぐ傍で狙撃用の長い魔動銃を構える兵士の姿が、火柱に照らされている。
当然狙うはマフラーの男。結界魔術を解除したその瞬間、致命の弾丸をお見舞いするのだろう。
つまり今はあの男をできるだけ留め置き、油断させるのが最良の手。
ハインたちは頷いた。少しでも長く、あの男をあの場所に。
「ねえ、教えてほしいの。どうしてあなたたちはこんな真似を?」
ナディアが前に出る。こういう場面において、この娘の肝の座り具合は人並みを大きく上回っている。
「知ってしまったら俺はあんたを殺さなくちゃならない。悲しいが麗しいお嬢さんでもね」
「フレイは話してくれたわ、王政を打倒するためだって。魔術の使用を制限する今の社会は間違っているって。どうして? 魔術は便利だけど武器にもなる、しっかりと教育を受けて扱いを身に付けた人しか使ってはいけないというのは至って合理的だと思うけど?」
「だからあんたたちは死人なんだよ!」
にわかに男の語気が強まる。その迫力にナディアも口をつぐんだ。
「何が合理的だ。元々魔術は人間が生まれ持った時に授かっている力、使用できないというなら俺たちは立ち上がることさえ許されないのと同じだ。それを制限するのは魔術の使用を貴族や金持ちが占有し、社会を固定化するため、つまり俺たち貧民から搾取を繰り返すためだ。そんな国の在り方に疑問を持たず日々を過ごすなんて死人みたいな生き方、俺にはできねえな」
「あなたたちは利用されているのよ」
マリーナも震える身体を引きずるように前に出る。普段はナディアに後れを取ることも多いが、口喧嘩となると彼女の右に出る者はいない。
「フレイが話していたわ、共和国から兵器の提供を受けているって。それで王政を倒してほしいとも。でもそれは違う、共和国は常に王国を貶めようと画策しているのよ、あなたたちに兵器を渡したのも、内部からの崩壊を狙っているだけ。最後にはあなたたちの手柄も横取りにしてしまうわ。汚いけど、それが国家というものなのよ」
「そんなこと、言われなくてもわかっているさ」
そう笑って男は返す。だが声にはどことなく悲壮感もあった。
「俺たちにとっては共和国も王国も同じ、あっちの国も共和制とか謳っているのに議会を独占するのは金と権威にまみれた貴族たちだからな。便利な道具をくれるならもらえばいい、そいつらも俺たちが吹き飛ばしてやればいいだけだ」
「そんなの無茶よ、共和国はあなたたちに余った兵器を与えているに過ぎない。きっと何十、何百倍もの兵器をそろえている。あなたたちが王政を倒した瞬間、好機と見て攻め込んでくるのが目に見えるわ」
「それならばそれで結構、俺がひとり生き残ってでも敵を皆殺しにしてくれるさ、こんな風にな!」
その時、男は肩の大砲の向きを変えた。それは斜め上、村全体を見下ろす鐘楼の方向だった。
村長があっと叫ぶと同時に、男は砲口から特大の火球をぶちかます。
花火のように夜の空を横切った火球はそのまま鐘楼に命中し、一際巨大な爆発を起こす。崩れ落ちるレンガに燃え盛る木材、そして落下する鐘がガンガンと夜の村に鳴り渡る。
村長も兵士たちも顔を真っ青にした。作戦がばれていたこと、そして住み慣れた村の姿を一瞬にして変えられたことに、戦意を失ってしまったようだった。
「あんたらの手の内なんかもう見抜いてんだよ、さあ、俺たちの腕輪と仲間と兵器、返せよ」
砲口からもくもくと立ち昇る煙を手で払いながら、男は不敵に笑っていた。
あまりの傍若無人振り、人を人とも思わない態度にハインは全身の毛を逆立てていた。この男をこれ以上好きにさせてはならない、怒りと合わさり損得など度外視に彼の正義感は爆発した。
「うおおおおおお!」
気が付けばハインは駆け出していた。そしてまっすぐに男に突っ込む。
すれ違いざまにナディアとマリーナが「ハインさん!?」と慌てて手を伸ばすもハインの突進は止まらない。全力で走る身長190もの大男だ、力づくでも止めることは誰にもできなかった。
「うん、ついに気が狂っちまったか?」
予想外の展開に男は目を丸くしつつも、余裕ありげに大砲をかまえる。そして照準を向かって来るハインに合わせ、魔力伝達源である水晶に手をかけて攻撃の準備を進める。
その時、ハインはばっと腕を前に突き出した。
「なっ……!?」
男はその細い眼を思い切り見開いた。あまりに驚いたせいか、せっかく狙いを定めた大砲もずり落ちる。
ハインが突き出したのは解呪の腕輪だった。先ほどナディアとマリーナが男と話している間、もしもの際には自分が突っ込もうと密かに村長から受け取っていたのだ。
その腕輪を目にした途端、男の意識が逸れた。このまま火球を放てばハインもろとも貴重な腕輪を吹き飛ばしてしまう。そんな一瞬の迷いが男の持続させていた結界魔術を途切れさせ、身体を包んでいた淡い緑の光がふっと消え失せる。
「今だ!」
村長の声。すぐさま兵士たちが一斉に発砲を開始した。
男は結界魔術を展開する間も与えられず、全身に正面から弾丸の雨を受ける。
「ぐああああああ!」
胸から腹から血を噴き出し、男は仰向けに倒れた。魔動兵器も手を離れ、ずんと重い金属音とともに地面に落ちる。
だが当然ながら男に向かって突っ込んでいたハインも同時に射撃に巻き込まれ、背中にいくらかの弾丸を浴びてしまった。
「ハインさぁぁぁあああああん!」
ふらふらと足取り重く、ばたりと前のめりに倒れ込んだハインにナディアとマリーナが駆けつける。ふたりとも涙をぼろぼろと流し、地面に伏した巨体を抱きしめる。
「痛っ……!」
幸いにも息はあった。当たった弾も2発だけで、それぞれ脇腹と肋骨を掠ったような比較的浅い傷だ。回復術を施せば十分間に合う。
だがふたりはハインにすがるようにわんわんと泣き続けた。少し遅れて兵士たちが駆けつけ、介抱のためにゆっくりと大きな身体を持ち上げる。
「どうしてこんな無茶を!?」
ナディアが怒鳴るように尋ねる。
「この男には真正面から挑んでも勝てないと思ったんだ……だから」
「でも……そんな危ないこと、嫌!」
マリーナが目をこすりながら言い放った。彼女の涙はいくら拭い続けても止めどなく溢れていた。
「このまま伯爵領が没収されるのだけは避けたかった……伯爵家には多大な恩があるからね。それに、僕のような独身者なら、多少の無茶でも悲しむ人はいないから……」
「馬鹿言わないで! 現に私たちがこんなに悲しんでいるじゃない!」
聞いたことないナディアの鋭い声に、弱々しく答えていたハインも黙り込んだ。
「ハインさん、あなたは回復術師になるって伯爵夫人に誓ったのでしょう? それじゃあこんな自分の命を粗末にするような真似、絶対に許されるわけないじゃない!」
「そうよ、それこそ恩を仇で返しているようなものだわ、ハインさんのバカ!」
兵士たちに運ばれるハインに、ナディアとマリーナが次々と怒鳴り散らす。
涙でぐしゃぐしゃになりながら、顔を真っ赤にしながら、ハインがすっかり気が滅入ってもふたりは思いつく限りの罵声を浴びせ続けるのだった。
「へえ……おっさん、モテモテじゃねえ……か」
そんな去り行くハインたちを見つめながら血まみれで地面に倒れていた男はマフラーもすっかりはがされていた。何人もの兵士に銃を向けられたまま腕輪を奪われつつも、男は口から血の泡を吐き出しながら不気味に笑う。
その頬には憐れな貧民であることを象徴するように、大きな魔封じの紋章が施されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます