第四章 その4 おっさん、一発逆転する
フレイ率いる山賊は一斉に射撃を開始した。
途切れぬ爆発音の連続とともに嵐のように降り注ぐ弾丸が兵士たちの結界に弾かれ、バラバラと地面に落ちる。
だがその一撃一撃ごとに衝撃は魔術を展開する兵士たちに伝わり、兵士たちはその度に傷口を広げながらも歯を食いしばって猛攻に耐え続けていた。
「ハインさん、私怖い……」
これだけの数の兵士がいれば大丈夫だろうと、生半可な覚悟でついて来てしまったことをマリーナは後悔していた。自分は魔術が使えるから大丈夫、そう思っていた自分をひどく呪った。まるで役に立たない、足を引っ張ているだけ。人質にされながら気丈に振る舞い続けたナディアがどれだけ凄かったのか、今になってようやく理解できる。
「マリーナ……」
ハインはその巨体でマリーナの姿を隠しながら、そっと呟く。そして腰にぶら下げた袋をガサゴソと探ると、掌サイズの茶色の団子状の物を取り出したのだった。
「マリーナ、火を点けてくれ」
突然の申し出に、マリーナは「へ?」と情けない声を上げるしかできない。
だがハインはおかまいなしにその大きな手に握った団子を突きつける。
たしかこれは昨夜、ハインとナディアが作っていたものではないか? 陽が沈んでいるのに山の中に入り、いくらか植物を集めて潰してこねていたあれだ。
「僕は魔術が使えない。でも君ならできる。さあ、火を!」
「ひ、火……」
言われた通りに魔術を使おうとするも、思ったように腕が上がらない。いつもなら軽く念じれば薪に火を点けるくらい造作も無いことなのだが、恐怖に指先が震えて意識を集中させることさえできない。
震えるな、落ち着け、落ち着け……!
いくらそう言い聞かせても、自分の身体がまるで別人と入れ替わったかのように言うことを聞かなかった。
そんな痙攣する彼女の手首を、ハインは力強くつかみ返した。
取り乱すマリーナ。だがハインはその瞳を彼女に向けて優しくこう言ったのだった。
「マリーナ、安心するんだ。僕が命に代えても必ず守るから」
すぐ隣では兵士たちが結界を展開して容赦ない発砲を防いでいる。彼らが少しでも集中を乱せば自分にも弾丸が飛んでくるというかもしれないというのに、こんな顔をできるハインを見てマリーナの心はようやく平静を取り戻せた。
そうだ、今ここにはハインさんがいる。私の知るハインさんなら、こんな状況もどうにかしてくれるはず!
「えい!」
マリーナは自分の心臓の鼓動を感じながら、指先に光を集めるイメージを研ぎ澄まし指を振るう。
途端、人差し指の先っぽに周囲の熱が集束したかと思うと、そこには蝋燭の先ほどの小さな炎が灯されたのだった。
「やったよ、さすがマリーナだ!」
喜びながら手に持った団子の表面に火を移すハインを見て、マリーナも頬を緩めた。10歳の頃に使い方を覚えた至って初歩的な魔術なのに、魔術が正常に展開できて心の底から良かったと安心していた。
一方、火を灯された団子はその加熱部から異常なまでに白い煙をもくもくと上げており、ハインは自分の鼻と口を手で覆いながらじっと山賊を見つめる。結界魔術を展開する兵士めがけて大笑いしながら魔動機関銃を浴びせる山賊は、ハインのことなど眼中に無かった。
「これでも喰らえ!」
そう言ってハインは山賊めがけて火の点いた団子を投げつける。
「ん、何だこれは?」
さすがに煙を上げる物体が飛んでくれば気付く。意識を逸らされた山賊は一時的に射撃を止め、きょとんとした目で足元に転がる団子を眺めた。
「まだあるんだ、マリーナ、もっと火を!」
「は、はい!」
そう言ってハインは次々に団子を取り出す。それにマリーナは火を点け、ハインはすべて山賊めがけて放り投げたのだった。
あっという間に山賊たちは煙に巻かれ、ゴホゴホと咳き込んで攻撃の手を緩める。
「あんた、何をしているんだ?」
結界を維持しながらも兵士のひとりが尋ねる。
「みんな、もう少しだけ粘ってくれ。あと、あの煙は絶対に吸うな!」
ハインが口元を押さえて叫ぶと、他の兵士たちも皆倣って口を手でふさいだ。
「なんだこれは、自棄になったか?」
所詮煙だとでも言いたげに足元の団子を蹴飛ばしながら、山賊に混じっていたフレイが極めて冷たく微笑む。
「さあもう一息だ。トドメの連射をお見舞い……?」
そう言って腕を振り上げた時だった。フレイの足ががくんと崩れ、地面に膝をついたのだった。
「な、なんだ、力が入らな……い」
それだけではない。胸を押さえて苦しがるフレイ。呼吸もままならないようだ。
さらに他の山賊たちもフレイと同様、次々と崩れ始めた。
「お、俺もだ、立って……いられねえ」
「あ、頭が痛ぇ……」
瞬く間に崩壊する山賊たちの戦線。魔動兵器を使う力さえ無いと見るや、守勢だった兵士たちは結界を解くと銃を手にかまえ、一気に射撃を始めたのだった。
「全員は仕留めるな、あの若い男はひっとらえろ!」
なすすべなく撃ち抜かれる山賊たち。少しかわいそうだが、こうしないとこちらが同じ目に遭っていたのだから仕方がない。
「い、一体どうしたのです? あの投げたものは?」
あまりの効果に煙を吸わないようマリーナが口元を押さえながら尋ねると、ハインは布袋の中から何枚か植物の葉を取り出して見せつけた。
「
昨夜ナディアと一緒に作っていたのはこれだったのか。魔術を使えないハインに未熟なマリーナ、そんなふたりでも使える武器を彼はこさえていたのだ。
だがどうしても気になることがある。
「どうしてそんなものの作り方を?」
「山にいるとね、
苦笑いするハイン。その背後でばたばたと倒れていく山賊たちに埋もれながら、フレイがようやく兵士たちの中にハインとマリーナが混じっていたことに気付く。
「貴様、回復術師かの……!」
そして毒で顔を真っ青にしながらも、禍々しい瞳をこちらに向けて歯ぎしりをするのだった。
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