第四章 その3 おっさん、山賊討伐に参加する

「山賊掃討に、いざ参らん!」


 火事の翌朝、鉄製のヘルメットと魔動銃で武装したおよそ30人の男たちが山の中へと列になって進んでいく。


 冬の食糧を一晩で奪われ、堪りかねた村人たちはついにならず者の討伐作戦に乗り出したのだった。普段は平和な村の警備に当たる程度でせいぜい盗人を相手にするくらいしか経験のない彼らだが、この日ばかりは真剣な面持ちでいずこかに潜む山賊たちを見据えていた。


 そんなこちらから仕掛ける覚悟に満ちた隊列の最後尾には男たちと同じ目をしたハイン、そして場違いにもマリーナがやる気半分心配半分の顔でついてきていたのだった。


「危なくなったらすぐに逃げてくださいね」


 すぐ前の兵士が不安げに振り返る。


「ご安心ください、私は魔術が使えます。それにこちらのハインさんは先日の王都での大聖堂立てこもり事件を解決したこともありますので」


 マリーナがどんと胸を打つが、その表情はこわばっていた。


 昨日の夜、ハインとマリーナ、さらにナディアは討伐のため緊急で集まった兵士たちに加えてもらえるよう頼み込んだのだった。


 この村は元来人口が少なく、職業として兵士を務めている者の数も数えるほどしかいない。村の防衛に関しては交易で稼いだ金を使い、近隣諸国から傭兵を雇って警備に当たらせており、外部の者を雇い入れること自体には寛容だった。


 人手不足のところに傭兵としてでなく自ら志願して作戦に加わったハインたちは歓迎された。


 だがいくらマリーナが魔術を使えるとはいえ、年端もいかない少女を戦列に加えるのは渋られた。それでもと何度も頼み込んだ結果、マリーナの同行は認められたものの魔術の使えないナディアはお留守番となったのだった。


 代わりにハインが出撃の準備のため、と言ってしばらく森に入っていくらかの植物の葉や枝を集めてくると、すりおろし鉢でそれらを潰してナディアとともに夜通し何かの作成に当たった。おかげで今の時間、ナディアは宿のベッドでイビキを立てて眠っている。


 あのイビキの隣では眠れんわな、と苦笑いしながらしばらく山の中を進んでいた時だった。


「本当にここら辺にあるのか?」


「木こりがこの辺りで山賊一味を目撃したという証言もある。そう遠くはないはずだ」


 背の高い針葉樹のせいで昼間もなお薄暗い景色の連続に、兵士たちも痺れを切らしかけていたときだった。


「おい、あれを見ろ!」


 先頭を突っ切る兵士のひとりが、木々の隙間からわずかに覗く青空を指差す。


 見ると青い天を引き裂くように、一本の黒い煙が空高くへと伸びていた。誰かが火を起こしているのだろう。


「今日は村の木こりたちも山にはいないはずだ、きっと山賊だろう!」


 誰かの声に兵士たちが沸き立つ。ようやく見つけたぞ、すぐに取っ捕まえてやる、と尋常ならぬ意気込みだった。


「慌てるな。本隊はこの場で待機、まずは偵察役が状況を確認してすぐこの場に戻ってくるように」


 初老の隊長が手で一団を制し命令すると、すぐさま身軽な装備の若者2名が隊列を離れ、速足で森の中へと消えていく。


「思ったよりもすぐに見つかりましたね」


 マリーナが振り返る。


 だがそこにいたハインは首をひねらせていた。


「どうしました?」


「うーん、どうも腑に落ちないな。相手は山の中を逃げ回って来た連中、用心深さは並大抵のものではない。それが昨日の今日で、こんな目立つことをするかな? もしかしたら僕たちをおびき寄せるための罠かもしれない」


「まさかそんな……」


 返答に詰まるマリーナ。


 だがハインの憶測を肯定するかのように、先の偵察役の若者たちはいつまで待っても帰って来ないのだった。


 出撃はまだか、何をぐずぐずしているのか。いたずらに時間だけが過ぎ、兵士たちにも焦りが見え始める。


「隊長、これは罠だったのでは?」


 兵士のひとりが進言する。頷き返した隊長の顔は既に青みがかかっていた。


「うむ、そうかもしれない。ここに残るのは危険だ、今日はこれで引き揚げた方がよいかもしれんな」


 途端、兵士たちにどよめきが走る。


「山賊ども相手に何を怖気づいているのです! 食糧を奪われた恨み、晴らさずに堪えろと言うのですか?」


「そうではない、このまま攻撃を仕掛けても相手の思うつぼだと言っているのだ。偵察役が帰って来ない以上、相手がどのように待ちかまえているのかもわからん」


「そんな、山賊をぶちのめすせっかくのチャンスなのに!」


 激昂する兵士たち。彼ら傭兵はやがて近隣の王公貴族に召し抱えられて出世しようと画策する身分、戦乱の滅多に起こらない今の時代では貴重な実践の機会でいかに成果を立てるか躍起になっていた。


「隊長の言うとおりだよ。本当に馬鹿だね、君たち死人どもは!」


 突然のことだった。男の声が響いた直後、山道の脇の木や茂みの影から山賊たちが現れる。ざっと見ただけで10人はいるだろうか。全員、右肩に6つもの銃口を開いた見たことも無い巨大な魔動銃を備え付けており、左手で動力源の水晶を握っていた。


 そして兵士たちが驚く間さえ与えず、一斉に念じた山賊たちはその銃口が回転しながら雨あられの如く弾丸を連射する。


 放たれる弾丸に次々と撃ち抜かれ、兵士たちが血飛沫を上げて倒れる。魔動銃を構えて反撃を試みる者もいるが、山賊の容赦ない攻撃に念じる前に地面に倒れた。


「きゃあああ!」


「危ない、伏せろ!」


 比較的弾丸の飛んでこない最後尾では、しゃがみこんだマリーナをハインがその巨体で覆い隠すように守る。山賊もこの魔動銃の扱いには慣れていないようで命中はしなかったものの、ハインの背中や腕をいくつもの弾丸が掠り皮膚を裂いた。


「結界魔術!」


 右肩を撃ち抜かれ血まみれになりながらも、初老の隊長がが強く念じる。たちまち隊長の手から淡い緑色の光の壁が現れ、一団を守るように包み込んだのだった。


 襲い掛かる銃弾が光の壁に触れた途端、まるでポップコーンのように次々と弾けて砕ける。かなり強力な結界のようだがその分術者である隊長は息を切らし傷口から血を噴き出す。そんな彼を見てまだ立てる兵士たちは次々と結界魔術を展開し、光の壁をさらに頑強なものへと補強する。


 これで相手も手出しはできないようで、無駄撃ちと判断したのか山賊たちは射撃を止めた。だが唐突な奇襲により、兵士の一団は既に半壊していた。


「こんな魔術兵器……見たこと無いぞ」


 腹部に銃弾を受け、仰向けで倒れこんだ兵士のひとりが口から血を吐き出しながら呟く。


「魔動機関銃、共和国の最新兵器さ」


 聞いた覚えのある声だ。ハインが振り返ると、兵器を構える山賊の間に随分と甘いマスクの若者が立っていた。


 フレイだった。王都大聖堂の立てこもり事件の実行犯にして、ナディアを人質に取った軍事魔術師科の生徒。


「あ、フレ……!」


 思わず叫んだマリーナの口をハインがその掌でふさぎ、前に出て姿を隠した。幸いにもフレイは一団にまさかハインが混じっているなどとは気付いていないようで、歪みきったしたり顔で傷付いた兵士たちをぐるりと見回していた。


「くそ、山賊がなぜそんな兵器を……!」


「ふん、僕たちがただの山賊だとでも思っているのか?」


 ひとりの兵士が口を開くと、フレイは蔑んだ目で吐き捨てる。


「僕たちは革命の志士、王国を倒しこの世界を民衆の手に取り返すために戦う自由の戦士だ。協力者を募れば意外と見つかるものだよ」


 共和国とつながっているだと? ハインはフレイに背中を向けて、マリーナを庇いながら耳を立てる。


 王国と山地を隔てて東側に位置する共和国とは、一見平和そうに見えながら互いに侵攻の機会を窺っている仲だ。両国とも北方を海に面しており、建国以来ずっと制海権を巡って争ってきた歴史がある。


 周辺諸国の中では軍事、経済ともに強大な国家同士とあって、共和国が王国を疎ましく思うのは当然だ。


 フレイの話が本当だとしたら、共和国は王国内で革命を促し王政を崩壊させることを目論んで彼らに兵器を提供したのだろうか?


「革命だと? それならなぜ俺たちの村を襲う!」


「なぜ? 不平等な現状をどうにかしようとも思わない君たちは生きながら死んでいるも同然だ。僕たちは生きる人間には誰にでも優しい国を目指している、死人に用は無い」


 フレイがすっと手を上げると、山賊たちが再び魔動機関銃をかまえる。


 光の壁に守られている兵士たちは既に疲労は限界に達しており、これ以上結界を維持し続けることはできない。これ以上弾丸を撃ちこまれれば結界を破られるのも時間の問題だ。


 絶体絶命のピンチに、マリーナはただひたすら小さく震えていた。

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