第四章 その2 おっさん、国境の村を訪ねる
王国と共和国との国境線は2国間を南北に縦断する山脈によって隔たれている。
しかしそれは後年に両国の合意によって規定されたものだ。ゆえに古くからこの地に定住していた人々にとってはどちらの国にも帰属意識を持てず、今なお昔ながらの伝統を守りながら村の自治を行っている。
よってここは規模は小さくとも、実質はひとつの独立国に相当する2国間の緩衝地帯としての役割を果たしていた。王国も共和国も警察権が及ばないため、伯爵率いる兵士たちでは立ち入ることは不可能だった。
針葉樹生い茂る曲がりくねった峠道を抜けると、突如視界が開け丸太作りの素朴な家々が登山者を出迎えてくれる。
男は山の民らしくフェルト地の山高帽をかぶり、女は彩色豊かな花柄の描かれたエプロンドレスにこれまた細かい刺繍の施されたスカーフを頭に巻いている。
山ひとつ登っただけだが、合理化された王国の民とはまったく別の生活様式を今なお残した空間がここには広がっていた。
「きれいな町ですね」
のんきにも大きく伸びをするナディアだが、目をぎらつかせてきょろきょろと辺りを見回すハインとマリーナには馬耳東風のようだ。
「ちょっと、そんな顔してたら余計に怪しまれますよ。こういう時こそリラックス、この村に紛れて探るべきですよ」
「そ、そうだね」
ハインが自分の頬を叩き緊張をほぐす。
「ほらマリーナも。スマイルよスマイル」
「こ、こうかしら?」
みょーんと頬を伸ばすナディアを見て、ひきつらせた笑顔を浮かべるマリーナ。
だがこめかみをひくつかせるその姿は作り物感満載で、見ている者を不安にさせる。
「うん、余計に怪しいわ。やっぱさっきので」
「ナディアぁぁぁああ!」
最近ナディアが私をぞんざいに扱っているような気がする、と思うマリーナだった。
村の中心部は石畳も敷かれ、荷物を背負った人々や見回りの兵士が行き交い山の中とは思えないほどの盛況を見せていた。軒先には衣類や陶磁器を並べる商人に、それを覗き込む人々が群がって王都の市場にも負けない人混みが形成されていた。
「結構人が多いのですね」
商人が手に持ったスカーフにちらちらと目移りしながら、ナディアは先を歩くハインとマリーナについていく。
「ここは王国と共和国の陸路の中継地点だからね、東西の産物が交換される市場も開かれるんだ。それにこの山自体が良質な木材を生み出すから、ここを拠点にする木こりも多いよ」
「ハインさんはここに来られたことはあるのですか?」
先頭を行くマリーナが振り返って尋ねる。
「2回だけ。この山にこもって良い石材を探していた最中に立ち寄ったくらいだけどね」
「しかし本当にここにいるのでしょうか?」
いつの間にやらだいぶ間隔が開いてしまい、小走りで追いかけながらナディアが言う。
ハインもマリーナも無言で、行き交う人々の顔をちらちらと覗き込んではいるが頬に紋章を施した例の男、そして依然行方不明のフレイは見つけられないようだ。
陽が沈むまで村のあちこちを歩き回ったものの、結局これといった手掛かりは得られなかった。
そして夜、夕食のために酒場に立ち寄った一行は疲れ切った表情を隠しきれないものの、この地域特産のハーブを混ぜ込んだソーセージと、麦や蕎麦を混ぜた
「ごめんね、付き合わせてしまって」
ハインは小さなガラスコップを片手に、向き合ったマリーナとナディアに申し訳なさそうに縮こまる。彼が飲んでいるのは共和国産のウォッカで、王国名産のビールとは比べ物にならないほど強烈なアルコール濃度を誇り喉を焼きつかせる。
「いえいえ、好きでついてきたのですから。それに今までこの村を訪ねたことはなかったので、楽しかったですよ」
「かわいいスカーフも買っちゃいましたし」
謙遜な態度のマリーナと、一方で観光に来たように村を満喫するナディア。同じクラスの優等生同士だというのに、性格がこうも違うのは面白いところだ。
だがその時だった。
「火事だー!」
外から上がる叫び声に屋内にいた者は皆一斉に立ち上がった。
飛び出してみると、村の外れから赤色の煙がもくもくと立ち昇り、暗くなった空を染め上げている。
村人たちに混じって駆けつけると、レンガ造りの塔型の建物が炎に包まれていた。穀物を貯蔵するためのサイロだ。
「ああああ! このままだと冬の食糧が!」
半狂乱の村人たち。だが建物の隙間から噴き出す炎に阻まれ、ただ慌てふためくしかない。
常駐する魔術師が近くの井戸に差し込まれた長いポンプ型魔道具を手に取って念じると、その先端から勢いよく水が噴き出して建物を濡らすものの、所詮は焼け石に水、火勢は一向に弱まる気配は無い。
「ひどい……」
ナディアが唇を噛みしめる。食糧難のダメージを身をもって知る農村の出身ゆえに我が身のように感じていた。
農耕には適さないこの土地だ、村人たちは交易を経て日々の食糧を手に入れている。懸命に働き続けてようやく備蓄した冬の食糧を、たった一晩の火災で失うのはいかに悔しいだろう。
「くそ、誰がこんなことを!」
「絶対にあいつらだよ、あいつら」
声を荒げる男たち。すかさずハインは「あいつら?」と会話に割り込んだ。
「ここ最近周辺の村を荒らしまわっているならず者たちだ。兵士たちが見回りを行っているんだが、魔術師も仲間にいるみたいでなかなか捕まえられないんだ。本当に、こん畜生!」
悔しさに少しでも話したい男たちは興奮しながらまくし立てる。
「ハインさん、まさか!」
マリーナとナディアがじっと顔を見つめ、意図を理解したハインは頷き返した。そしてすぐさま再度尋ねる。
「そのならず者って顔に魔封じの紋章が描かれていなかったかい?」
「みんな顔を隠しているんでわからないが……そういえば変わった魔道具を大量に持っていたな。空を飛んでいたなんて目撃情報もあるくらいだ」
どうやら大当たりのようだ。ハインたちは拳を握りしめ、燃え上がるサイロを背景に内心ガッツポーズを取ったのだった。
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