第一章 その6 おっさん、復学する

「お帰りなさい、ハインさん!」


 校舎から出てきた大きな人影に、女子生徒たちがわっと集る。


「やあ、ただいま!」


 ここ数日ろくに眠れなかったせいで目の下に巨大なくまをこしらえながらも、ハインはいつも以上に明るく手を振り返した。


「本当に良かった。ハインさんが戻ってきてくれて」


「あなたがいないと始まらないわ」


 口々にハインの復学を祝う生徒たち。


 ハインは全員の視線を一斉に受けて照れ笑いすると、軽い口調で返したのだった。


「いやあ、もう退学も覚悟していたんだけど、お咎め無しって聞いて拍子抜けしちゃったよ。授業出られなかった分だけ、急いで取り戻さないとね」


 ハインはクラスメイト全員が会議室に押し掛けたことは何も知らない。女子生徒は皆、彼の恩に報いる当然の行動をしたまでだと考え、誰もその件について口にしなかったのだ。


「ハインさん、あ、あのさ」


 生徒たちを押し退け、ハインの前にマリーナが現れる。


 だが彼女の頬は自制もできず紅潮し、ハインの精悍な顔を見ていると胸が締め付けられるような気がするので目線は地面に逸らしていた。


「まだちゃんとお礼言っていなかったから。本当、ありがとうね、助けてくれて」


 プライドの高いマリーナが他人にありがとうと言うのは滅多に無い。これは彼女にとって精いっぱい最高の感謝の表現なのだ。


 だがハインは屈託の無い笑顔をマリーナに向けると、まるで我が身のようにこう言い放ったのだった。


「気にしなくていいよ、山じゃよくあることさ。それより後遺症が残らなくて本当に良かった」


 マリーナは余計に顔を逸らし、赤くなった顔を必死で隠した。


「じゃあハインさんの復帰とついでにマリーナの退院祝いに、みんなでカフェに行きましょう!」


 突如切り出すナディアに「さんせーい!」と手を挙げる他の女子生徒たち。


「ちょっと、ついでって何よ、ついでって!?」


 憤慨するマリーナだが、彼女の言葉に耳を貸す者は残念ながらここにはいなかった。各々がお気に入りのコーヒーメニューやケーキの名を挙げ、今の段階から何を注文しようかと迷っている。


「そうだね、僕も久々にあのカボチャのパイを食べたいと思っていたところなんだ」


「カボチャもいいですけど、今が旬の洋梨のケーキも美味しそうですよ」


「おお、それは楽しみだな」


 ハインと39人の女子生徒たちは楽しげに会話しながら、一塊となって学内の庭園を横切っていった。

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