4-11

 翌日、僕は妃和と一緒に家の中で一日を過ごした。どこにもいかず、僕は妃和の傍にいた。

 妃和の体はとうに限界を迎えていて、彼女はずっと寝たきりだった。思えば、数日前から兆候はあった。

 僕は寝たきりになった妃和の傍から片時も離れずに世界が終わるのを待った。妃和と話をして時間を過ごした。



 最後の日も同じように妃和と話をして過ごした。妃和は寝ている時と起きている時を繰り返し、眠る時には必ず「傍に居てね」と言い、起きる時には必ず「有紀君」と名前を呼んで強く僕を抱きしめた。



 そんな幸福の中で、僕は眠って行く。

 夜空に星が浮かぶ真夜中、ふと将来の夢について考える。

 その昔、僕がまだ小学生だった頃、担任の先生が黒板に「将来の夢は?」と書き記して僕達生徒に尋ねたことがあった。

 周りの生徒が次々に将来の夢を語っている。だけれど、僕は夢を語ることは出来なかった。

 僕は将来に対して希望を抱くことが出来ないでいたからだ。だから僕は将来の夢を思い描くことが出来なかった。

 こんな世界の中で、それでも何ら不安を持つことなく将来の夢を描くことの出来る人間が居たとしよう。たぶんその人は、病気的なまでの楽観主義者か気が狂った人間、もしくはすでに全てを諦めてしまった人なのだと思う。

 僕がいい例だろう。もうすぐ世界が終わる日を迎えようとしているのに、僕はこんなにも幸福を噛みしめている。僕は幸福であると、悲しいほど楽観的に今を生きている。



「妃和」

「なにかしら?」

「将来の夢の話をしようか」



 今の僕には将来の夢があるんだ。どうしても見てみたい夢がある。

 僕は妃和とこれからも毎日を過ごすのだ。時には喧嘩をすることだってあるだろうし、辛いことだってあると思う。それでも、その度に仲直りをして、一歩近づいて、一緒に歩いて行くのだ。それはきっと、とても幸福な日常でずっと笑顔を途絶えさせない。そんな未来を夢みたい。



「それは、とても素敵な夢だと、そう、思うわ」



 妃和は「私も、同じ夢を見ていたい」と、ゆっくりとした口調で続ける。



「妃和は、こんな世の中で生きて行く意味があると思う?」

「ええ、生きて行く意味はあったわ。それは、今もすぐそばにあるの」



 強く、妃和を抱きしめる。



「有紀君、あなたはこんな世の中で生きて行く意味があると思う?」



 もちろん。それは今もこの胸の中にある。



「有紀君。私、とても幸せよ」

「僕も、幸せだよ」

「有紀君。でも、私は少し疲れてしまったわ」

「そうだね。僕も疲れてしまったよ」



 だからそろそろ寝よう。もう休んでもいいだろう。



「有紀君、ずっとそばに居てね」

「もちろん」

「有紀君、おやすみなさい」

「妃和も、おやすみなさい」



 妃和の温もりを抱きながら。

 同じ夢を見ることが出来るようにと、そう願いながら。

 僕はそっと目を閉じた。

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