4-8
「私の方こそ、いつになっても戻ってこないから心配しちゃったよ」
暗い夜道を綾さんと一緒に歩く。僕は眠ってしまった妃和を背負い、綾さんには僕が乗って来た自転車を押してもらっている。
「ちょっと向こうでやることがあったので」
僕がそう答えると、綾さんはニヤニヤしながら僕の背中に目をやって「彼女のこと?」と口にする。どこか見覚えのある顔。前に喫茶店で峯と同じ話題について話していた時の彼の表情にそっくりだ。
「まあ、そんなところです」
「そうかそうか。明日でもいいからしっかり私にも紹介してよ」
それから、綾さんと世間話でもするかのように今のこの町の話を聞いた。
元々この町に住んでいる人間は少ない。綾さんの家族を含め五世帯ほどしかないと前に聞いたことがある。
だけれど、その五世帯全員は未だにこの町に残っているらしく、誰一人として宇宙船には乗らなかったようだ。
「私はほら、有紀君がいたし、宇宙船に乗る訳にもいかないじゃない。で、私が乗らないとなれば、私の両親も自然とこの町に残ることになった。残りの人達がどうしてこの町に残ることに決めたのかは私にはわからない」
「まあ、こんな町に住んでいる人は年寄りがほとんどだから」と綾さんは続ける。
「有紀君、とりあえず今日は私の家に泊まって行きなよ」
「いいんですか?」
「いいよ。遠慮することなんてないよ。どうせ今日泊まる場所も当てがないんでしょ?」
綾さんの言う通り、もしも駅前で綾さんと出会うことがなければ、おそらくあのまま駅の中で一晩を超すことになっていたと思う。
「綾さんは、どうしてあそこに?」
僕が来るなんて保証もどこにもなかったはずだ。
「有紀君は真面目だからね。最後に会いに来るなんて約束、一度したのなら有紀君は必ず守るでしょ」
「でも、わざわざどうして駅なんかに」
「別に、ただそれ以外にやることがなかっただけ。それに……」
綾さんの歩きが遅くなる。
「綾さん?」
綾さんは少し顔を俯かせる。暗いからその表情までは上手く読み取ることが出来ない。
「私ね、有紀君に話したほうがいいんじゃないのかって、ずっと悩んでいることがあるの」
「悩んでいること、ですか?」
綾さんはカラカラと自転車を引きながら歩く。ライトが付いて、綾さんの表情が少しだけ見えた。その表情は綾さんにしては真剣なものだった。
「まあ、明日話すことが出来れば話すよ」
「そう、ですか」
それからは特に会話もすることなく黙々と足を進め、綾さんの家にたどり着く。
久しぶりに綾さんの家に来た。何も変わっていない昔ながらの木造住宅。二階建てで、確か僕が綾さんの家でしばらく過ごすことになった時、僕は二回の一室を自室として貸してもらったのだ。
綾さんは僕の自転車を家の脇に止め玄関の引き戸を開ける。
「とりあえず、有紀君は背負ってるその子と一緒に二階の部屋で今日は寝なさい。場所、分かるよね?」
「はい」
玄関を潜り、家の中へ。この家で暮らしていた時からそれなりの時間が経っているはずなのに、この家は全く変わらずにここにあった。
「綾さん」
靴を脱ぎ、家に上がる綾さんの名前を何となく呼んでしまう。
「どうした?」
綾さんは眠たそうな顔をして、僕の方に目を向けた。
そう言えば昔、綾さんによく家に帰ったら「ただいま」と言いなさいなんてしつこく言われたものだった。そのことを思い出した。
「ただいま」
暗い夜。静かな空間に、そんな僕の声が響く。
綾さんは一瞬驚いたような顔をした後、やっぱり綾さんらしい満面の笑みを浮かべて「おかえり」と、そう言ってくれたのだった。
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