4-7

 世界が終わる期日まで残り数日。今日は折り返し地点。初めに妃和と話をしてやろうと決めたことは昨日でやり切ってしまい、次はどうしようかと昨日の夜に高校の教室で話をした。



「このままこの校舎で最後を迎えるのも悪くはないのかもしれない」なんて彼女は口にしたが、しかし彼女はもう一つだけ行っておきたい場所があるのだとそう話した。



 それは僕も同じことで、僕にもあと一つだけやらなければいけないことがあった。

 彼女は「母親と過ごしたあの町に帰りたい」と話した。

 一方で僕のやらなければならないことは、「綾さんに会いに行く」というものだった。

 だから、次にどうするかその方針はすぐに決まった。あの町へ向かう。あの町で最後を迎える。

 とはいえ、今はもう電車はないしタクシーだとかバスだってないから、自力でこの街を出てあの町に行かなければならない。

 おそらく、その移動だけで丸一日が潰れるだろう。



 朝。教室で一晩を過ごした後、僕は彼女を自転車の荷台に乗せ一度だけ校舎を振り返りあの町を目指し自転車を走らせた。誰もいない街は今日も静かで、どこまでも背の高いビルが並んでいる。ただ二日目に見た街の様子と違う。端的に言えば少しばかり街は汚くなっていた。

 道路を自転車で走っていると、所々に食い散らかされた弁当だとか、そういったゴミが散乱しているのが見受けられた。どうしてだろうと不思議に思ったけれど、ふと数匹の野良猫がそれらに群がっている所を目撃して、なるほどと納得した。

 妃和と他愛もない話をしながら街を走る。一、二時間くらいの間隔で休憩をはさみながらひたすらに自転車を走らせた。



 やっとのことで街を出た頃には、すでに昼を過ぎていて、多分綾さんの家に着く頃には陽はすっかり暮れてしまうのだろう。

 街と町ではそこで広がっている光景が百八十度変わる。それら二つの間に明確な境界線が引かれている訳ではないけれど、誰が見たって明らかだろう。

 これまでいた街は夢の中にでもあったのではないのかと錯覚してしまうほど、唐突に人の繁栄を象徴していた建物が消え失せるのだ。完全に塗装されていた道は所々亀裂の入った道へと為り変わり、痩せた土地がただ広がっているだけになる。そんな大地が広がる中、電車の走る線路だけが頭上にあって、電柱と一緒になって町へと繋がっている。

 いつもはあの線路の上を走る電車に乗って街から町へ行っていたから、こうして直に痩せ細った土地を進むのは初めてだ。



「なんだか、少しだけ懐かしいわね」



 後ろからそんな妃和の声が聞こえた。



「懐かしい?」

「ええ。私、自殺をするためにあの町に向かった時、ここを歩いたから」



 妃和が僕の背中に顔を埋めるのが分かった。

 真上を見る。線路は長い。途方もなく長く感じられて、どこまでも続いている様に見える。この線路に沿って走ればいずれ町に着くのは確かなのだけれど、どうしてか素直にそう思えなかった。

 ビル群は遠くへ。線路はどこまでも。死んだ町はまだ見えない。

 背中から伝わる彼女の温もりを燃料とし、僕は自転車を走らせる。

 太陽は僕と同じ背丈になり星がちらつき始める。

 少しずつ寒さが辺りを包み空気が研ぎ澄まされていく。

 自転車のライトが頼りなく数メートル程先の道を照らし出す。

 真っ暗になると、心の奥底からジリジリと黒い何かが這いよって来るのを感じた。もしも妃和がいてくれなければ、僕は早々に自転車を止め、その場で小さく蹲っていたことだろう。



 やっとのことで町の駅にたどり着いた頃にはすでに太陽の姿はなくて、雲がかかっているのか月と星の光さえも見えなかった。

 妃和は眠たそうにしていて僕の服の裾を離さない。

 僕の方もずっと自転車を走らせていたおかげかもう一歩も歩けそうになかった。

 今日はこのまま駅で野宿。そんなことを考えながら妃和を背負うと、どこからか声が聞こえた。

 懐かしい声。駅の中から人影が出てくる。



「久しぶりに会いに来たかと思えば、まさか彼女を連れてくるなんてお姉さん想像もしていなかったよ」



 昔と比べ長くなった髪。だけれどその話し方は昔と変わってない。真夜中に明かりを灯してくれるように溌剌としている。僕にとって姉のような存在。そんな人を見間違うわけはない。そこには確かに綾さんの姿があった。



「どうして、ここに?」



 本当にこの町に残ってくれているのか不安じゃあなかったと言えば嘘になる。まだ変わらずここに居てくれる保証なんてどこにもなかったから。

 綾さんはゆっくりと近づいてきて、そうしてやっぱりいつものように僕の頭をクシャクシャする。



「いつまでもこの町で待ってるって、そう言ったでしょ」



 そしてやっぱり、いつまでも変わらずに綾さんは笑うのだった。

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