4-5

 誰もいない教室。何も書かれていない黒板。壁に貼られていた掲示物はすべて剥がされ、花瓶にはもう花は飾られていない。

 八月だけれど、まだ太陽が出ていない朝の早い時間帯は冷える。僕はどうしてか目が覚めてしまった。妃和はまだ後ろで寝袋に入って眠っている。彼女は随分と幸せそうな寝顔を浮かべていて、その寝顔を見て僕はなんだか朝から満ち足りた気分になっていた。



「…………」



 教室にある時計の針は既に止まっているが、刻々と太陽は昇り始めていて、僕はそんな朝日が昇って行く様を教室の窓ガラスから眺めている。

 もうじき世界がどうしようもなく壊れてしまうとは思えないほどその様子は美しい。

 真っ暗な夜空に浮かんでいた星は少しずつ薄れゆき、空は朝日に近い箇所が薄い橙色に染まっている。寒色から暖色へ。ちょうど表と裏の関係にあるような二つが空で共存していて、白い雲はそれら二色が混ざった不安定な色彩に染まっていた。

それはどこか儚げで幻想的な様相で、こんな光景が毎朝繰り広げられているのだと思うとやはりこの世界は本質的に美しいのだと改めてそんなことを思ってしまう。

 薄い橙色は淡い青へ。僕がいつも見ている青空へと変わって行く。

時計の針は止まってしまったけれど、決して時間は止まらない。例え僕が死のうとも決して歩みが止まることなどないのだろう。そのことが少しだけ寂しい。



「…………」



 朝日が昇り、陽が射し始める教室。

 暖かで優しい光に照らされた妃和が目を覚ます。



「おはよう」



 僕がそう言うと、妃和はまだ眠たそうに瞼を擦りながら小さな声で「おはよう」と、そう返してくれる。

 僕と彼女のそんな声が、僕等に新しい一日の始まりを告げるのだ。

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