4-3

 池のほとりで昼食をとった後、再び線路の上を歩いて研究所まで戻った。研究所に着いた頃には、時刻は既に午後の三時を過ぎていた。

 一度研究所の中に入り、僕達は寝袋だとか懐中電灯だとかそういうものを昨日のうちに準備してまとめて置いたリュックを持ち、僕の自転車の両脇に括り付ける。

 自転車の荷台に無理やり括りつけられた荷物を見ると峯のことを思い出してしまう。彼は今どのあたりに居るのだろうか。元気にしていればと、そう思う。

 自転車の両脇に荷物を括り付け、荷台の上に妃和を座らせる。自転車を漕げるかどうか少し不安になったが、何とか前へ進めることが出来た。



「自転車で二人乗りをするの、僕初めてだよ」

「私も、こんなのは初めてだわ」



 心なしか妃和の声は楽しそうで、僕の腰に両手を巻き付けてくる。



「振り落とされないようしないといけないわね」



 背中に彼女の熱を感じながら、僕は高校の校舎を目指した。

 おそらく、もう研究所には戻ってこないだろう。これからはこの自転車で移動しながら残りの日々を妃和と共に過ごすことになる。

 人一人見当たらない道。少し前までは自動車が止め処もなく走っていた道路で僕は自転車を走らせた。

 すべての信号機は既に光を失っているから、赤信号で止まることもない。



「妃和、後で君に渡そうと思っているものがあるんだ」

「本当? それは一体どんなものなのかしら?」

「それはその時になってからのお楽しみだよ」



 そんな会話しながら、僕は後方へと過ぎ去って行く街の景色を、自転車を走らせながら眺める。

 世界は本当に終わりを迎えるのだなと、僕は彼女を背中に感じながらそんなことを思った。

 僕は僕が選んだ選択肢に後悔はしていない。それは確かだ。だけれど、それと恐怖心は別の話で、数時間前にも思った通り静寂に包まれた世界は時間から切り離され取り残されてしまったかのように見えて怖い。

 だけれど、そんな怖さを感じると共に美しさを感じられた。太陽は動き、夜が訪れ、また朝がやって来る。人間が居ようが居まいが、地球はそんなサイクルを繰り返している。



 きっと八月七日以降、僕達が死んでいなくなってしまった後もその繰り返しは休むことなく繰り返されるのだろう。そこには永遠がある。どこまでも終わることのない、美しい永遠が。

 人は必ず死ぬ。だから、例え永遠に残るものを作り出せようとも人自身が永遠になることなど出来ない。人は永遠を扱いきることが出来ない。人を越えた何か、それが不思議で美しい。

 夜空もその一部だ。夜空に浮かぶ世界は宇宙そのもので、宇宙は地球とは比べ物にならないほど長い時を過ごし、永遠と広がり、永遠とそこに在り続けている。だからこそ莫大な質量を持ってこちらを呑み込む夜空は暴力的に美しい。夜空を見上げることで、僕達は一瞬だけ永遠の一部になることが出来るのかもしれない。

 屋上から見る夜空の星はどんな風に見えるのだろう。隣に妃和を感じながら眺める夜空の星はどんな風に見えるのだろう。



「有紀君、なんだか楽しそうね」

「そうかな?」

「そうよ」



 交差点を左に曲がる。正面に校舎が見える。

 姿をすっかり変えてしまった街の中、高校の校舎は変わることなく姿を現した。



「あれが有紀君の通っていた高校?」

「そうだよ」



 妃和は少しだけ身を乗り出す。そして「楽しみね」なんて、すぐ横で笑うのだった。

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