3-5
宇宙船に乗るか乗らないか。生きるか死ぬかを選択する期日まで残りあと三日と迫った。
今朝のニュースでは、どのようにして宇宙船に乗るか乗らないのかの意思を伝えるのか、その手段について説明がなされていた。
その説明によると、どうやら明日の午前七時、国民全員に宇宙船に乗るか乗らないのかの意思を問うメールが送られて来るらしい。僕達はその送られてきたメールに対し、期日までにどちらかを選んで返信する。たったそれだけらしい。たったそれだけで、生きるか死ぬかが決まるようだった。
返信メールは国民一人一人に付与されるナンバーの元に管理され、宇宙船に乗ることを選択した国民に対してのみ、その後の案内メールが届くようになっているのだそうだ。
明日にはそのメールが手元に届く。いよいよと言った空気が世間に浸透し、より一層緊張感を高めていた。
僕は今日も電車に乗りある場所を目指す。車内にいる人の数は相変わらず少なく座席には空白が目立つ。
あと三日だ。三日で全人類は生きるか死ぬかそのどちらかを選択する。
話によると期日から二、三日ほどかけて宇宙船に搭乗を希望した人達のほぼ全員を冷凍睡眠状態にさせ宇宙船に乗せ、それからこの地球を旅立つ予定なのだそうだ。
最近では地震が起こる回数は減っているが、その代わりに発生する地震の規模がかなりのものになっている。二日に一回ほどの頻度で大きな地震が発生していて、その度に人々は不安の声を大きくしていた。
実際に昨日もかなり大きな地震が発生した。皆建物から避難し地震がおさまるのをただ神に祈るかのように黙って待つ。高層ビルは目を疑うほど揺れ、低く唸りのような音が辺りを包む。アスファルトの地面にはヒビが走り、街路樹がその身を揺らして葉をまき散らす。
人間は自然には決して敵わないと、そう言い渡されているかのようだった。僕はただ黙って成り行きを見ていることしか出来なかった。
実際にそういう目に遭ってみると、宇宙船が本当に希望の光であるかのように見えてくる。あの宇宙船にさえ乗ってしまえばこんな悪夢から救われるのだと、事実そんなことを地震が起こっている最中に僕は思っていた。本能的な死に対する恐怖心が心を覆い、体を縛っていた。
僕は恐怖に蝕まれるたびに彼女のストラップを握りしめた。本当に望んでいることを見失わないために、どこかに居るはずの彼女のことを思っていた。今もそのストラップを身に付けている。
日を重ねるごとに白谷さんに会いたいという思いが強まるのを僕は自覚していた。ただ会いたい。会いたいのだ。
白谷さんに話したいことは沢山ある。このストラップだって返すことが出来ていない。彼女に問い、そして問われた質問に対して答えることも出来ていないし、ありがとうと、その一言さえ言えてはいない。
ずっと離れない。白谷さんが最後に見せたあの表情が。幸せそうに笑いながら、悲しそうに泣いていたあの表情が。
僕はあれを最後にしたくはなかった。彼女は幸せだと、幸福であったと言っていた。きっとそれは彼女の本心だとは思う。だけれどあの表情からはどうしても悲しみを感じ取ってしまう。それが僕は嫌だった。
峯の言う通りだ。僕は白谷さんのことが好きなのだろう。いつからなんて分からない。好きになった理由も分からない。ただ、きっとこういう思いを抱くことが誰かを好きになるということなのだと分かった。
笑っていてほしい。傍にいてほしい。話をしたい。このストラップを眺めると、彼女の顔と共にそんな思いが募っていく。
だから僕は知らなければならない。彼女があの時何を思っていたのか。何を感じていたのか。どうして「宇宙船には乗ることが出来ない」「死んでいるようなものなのよ」と話したのかを。
白谷さんと最後に話をした日、彼女は僕に「どうか宇宙船に乗って生き延びて欲しい」「私のことは忘れてほしい」と願った。もう一度白谷さんと会うことが出来たら、まず僕はそのことについて謝らないといけないだろう。
一つ目は、これから聞く話によっては聞き入れることが出来ないかもしれない。二つ目は言うまでもなく無理だ。
もう二度と会うことが出来なかったとしても、結果として宇宙船に乗ることになったとしても、僕はこのストラップを見返すたびに思い出す。一時も忘れることなく、彼女のことを思い続けるだろう。
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