2-10
両親の墓参りをした後、綾さんに夕飯を一緒に食べないかと誘われたが、僕はそれを断った。綾さんの両親は未だ健在で僕がその輪に入っていいものかと思ったというのもある。それだけではなくて、久しぶりに綾さんと会って話をした所為なのか僕は昔のことを思い出してしまいどうしようもなく虚しいような、悲しい心持になってしまった。
少しだけ、静かに心を落ち着かせたかった。
町を歩く。あの公園へ向かう。
昔よく遊んでいた公園。母さんや父さん、綾さんや近所に住んでいた同い年の子とよく遊んでいた公園。
まるでこの場所だけ時が止まっているのではないのかと、本当にそう思ってしまうほど僕の知っているかつての光景がそのまま残っている。
錆びついたブランコ。背の低い滑り台。三つ並んだ鉄棒。砂場。そしてこの公園の中で一番僕が気に入っていた場所。それは今も消えずに残っている。
背の低い滑り台の下。端から端までを繋ぐように小さなトンネルがある。人が二人並んで入れる位の長さ。薄暗く、小さくて狭いトンネル。
何か悲しいことがあると、僕はこういった狭い場所によく一人でいた。家の近くでそういう場所はこのトンネル位のものだったから、大体僕は何か泣きそうになることがあった時はここに来ていた。
トンネルに入って誰にも見られることなく泣く。泣き疲れた頃、母さんが僕を見つけ出してくれて、そうして一緒に家に帰る。そういったことが昔よくあった。
体を曲げて久しぶりにそのトンネルの中に入ってみる。流石に狭い。それだけ僕が変わってしまったということだろう。このトンネルがこの公園が変わったという訳ではない。
ヒンヤリとした空気が漂う。少しだけ暗く、冷たい温度が心に馴染んでいく。
自分から死にたくなるような気分とは一体どのような気分なのかと考えたことが何度かある。無論、そんなことを考えるようになったきっかけが両親にあることは言うまでもない。
自分から死にたい。自殺するということは一体どういうことなのか。世間は自殺と言う言葉に対し良くない印象を持っている。それはなぜか。
きっと、自ら死ぬことはすべてを途中で投げ捨てる行為に他ならないからだ。僕の両親は僕を残して自殺した。残された僕の心の内はこんな風に随分と荒んでしまった。
つまりはそういうことだ。自殺は自分が死ぬことで生じるあらゆる出来事の責任を放棄し、これまで生きて来た中で積み上げたすべてのものを壊す。
ただ単純に、命を粗末にしてはいけないという考え方が根底にあるからかもしれない。
いずれにせよ、これら一般的な見方は健全である人間から見た場合という前提がある。自殺したくなる気持ちなど、実際に自殺したくならない限り分からない。
それが今、何となく分かるような気がした。
おそらく、それに気が付いた時にはもう遅いのだと思う。前に白谷さんと話をした、積み重なって行く本と同じだ。日々生きて行く中で嫌なこと、悲しいことが積み重なっていく。それを読まず、向き合わず放棄し続けることでいつしかその積み重なりは増えていく。
気が付いた頃にはすでに取り返しのつかないほど本を積み重なり、今にでも崩れてしまいそうに不安定に揺れているのだろう。あと一冊何か上に積み上げれば、たちまちそれは崩れ落ちる。
僕の両親もそうだったのだろうか。そんなことはないのだと僕は信じたいけれど、どうしたって信じることが出来そうにない。昔僕に向けてくれていたあの顔の裏に、こんなにも黒い思いが潜んでいたなんて思いたくはない。
一緒にいてくれる人、一緒に向き合ってくれる人がいたのなら変わるのだろうか。情けなく、どうしようもないことだけれど、向き合わず積み上げて来たのは何より自分自身なのだけれど、しかしそれでもそんな人が傍にいてくれたのだとしたら、少しは救われるのだろうか。
暗いトンネル。このまま歩いていても、おそらく僕はたどり着くことが出来る。どうせ世界はあと一ヶ月もしないうちに終わる。仮に今、その場所にたどり着いたとして、たかが数日の違いだ。
「…………」
数年ぶりの涙が頬を伝うのが分かったのと、「泣いているの?」という声が聞こえたのは同時だった。
声のした方に目を向ける。
トンネルの外。いつの間にか日が暮れ始めたらしく、すべてを優しく包み込んでくれるような暖かな光が射しこんでいる。
その光に照らされた女の子が一人。
白谷さんがそこにいた。
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