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 土曜日の朝。今週の水曜日辺りから頻繁に地震が起こるようになり、今日の朝のニュースはその話題から始まっていた。

 どうして急激に地震の回数が増えているのか。もう一度起こると言われている『世界の終末』との関連性はどうなのか。世界規模で見るとどうなのか。見たことのあるような専門家たちがテレビの画面内で議論を交わしている。

 今週の水曜日から土曜日にかけ、この街だけでも地震は五回起こっている。うち二回はそれなりに大きなもので、一時的ではあったが街全体の電気の供給がストップしたほどだった。

 これも白谷さんの言う通りだ。僕は地震が起こる度、ああ、本当に世界は終わるのだな、と思っていた。



 朝のニュースの話題は地震から次のものに移る。テレビ画面の紺色の帯。そこには「あれから三年」という文字が白く浮かび上がっている。

 あれから三年。今日をもって、ちょうどあの出来事から三年が経った。

思えば、この三年間とても長かったように感じられる。この三年間で僕の身の回りの環境はガラリと変わったのだし、加えて到頭地球は終わるのだというのだ。まさしく激動の三年間といっても過言ではないだろう。

 紺色の帯に「集団自殺事故」と文字が浮かぶ。

 集団自殺事故。世間ではあの出来事を事故として取り扱っている。僕から言わせてもらえば、あれは起こるべくして起こった出来事だというのに。

 文字通り、多くの人間がちょうど三年前の今日という日に自殺をした。自殺した人間は十五歳の青年から七十歳を過ぎていた老人まで。その事故は『世界の終末』以降、この国で起こった最も悲惨な出来事だろう。



 三年前。僕は当時のことをあまり詳しくは覚えていない。ただ覚えているのは、あれだけ未来を信じていた両親があっけなく自殺したという事実だけだ。

 ことの発端は、やはりあの宇宙船にある。その当時、どこからか宇宙船に搭乗することの出来る人数が、具体的な数は出なかったものの限られているという噂話が出回った。そしてその噂話は、すでに搭乗することの出来る人間は決まっているという話もいつの間にか加わって瞬く間に国中に広がっていったのだ。

 その噂が結果的に多くの人間を自殺に追い込んだ。これまで潜在的に持っていた将来に対する不安がこの噂によって一気に破裂したのだと、後にニュース番組に出ていた心理学の専門家が話していた。



 SNSで「自殺」という言葉が飛び交い、多くの電車は人を轢き殺す道具に変わり、背の高いビルから多くの人間が地に向かって落ちた。

とりわけ一日の自殺者数が多かった三年前の今日という日が、その事故で犠牲となった人たちを弔う日として世間には浸透している。

 犠牲となった人。僕がもしもその時自殺をして死者になっていたとしたら、後に犠牲者などとは呼ばれたくはない。犠牲者なのだとしたら、一体なんの犠牲者だというのだろう。宇宙船に乗ることの出来る人は限られている。という噂話による犠牲者なのか。それとも、潜在的にため込んでしまった将来に対する漠然とした不安による犠牲者なのか。仮に後者であったのなら、そもそもこんな時代に生まれてしまった時点で、すでに犠牲者となっているといえるのではなかろうか。

 事故だとか犠牲者だとか、そういう勝手な名称をつけることに嫌悪感を抱かずにはいられない。今日も去年と同様、そういった言葉がそこら中で飛び交う。インターネットのニュース記事、SNS、ニュース番組。それらを見ることが途端に嫌になり、テレビの電源を落とし開いていたブラウザやSNSを閉じる。



 静かになった自室。窓ガラスからビル群が見える。

 今朝も変わらず、表面上は平和に見える。三年前のこの時も、こんな風に清々しい朝を世界は迎えていたのだろうか。

 結局その事故は白谷相馬の説明によって少しずつ落ち着き収束した。その時、白谷相馬は「宇宙船は間違いなく我々の希望と成り得ます。現在世間で噂されている話は根拠のないものです。宇宙船は必ず皆さまを終焉から救う。一人の例外もなく救うことを、この場を持って改めて約束いたします」と、確かにそう言ったのだ。

 果たしてそれが事実なのか。事実なのだとしたら、僕達はどのようにして救われるのだというのだろうか。それはとても現実的だとは思えない。まだ噂話の方が現実的だ。



「はぁ」



 時刻を確認する。そろそろ出なければ間に合わない。今日は行かなければいけない場所がある。本当はあまり行きたくはないのだが、しかしそういう訳にもいかない。

 両親が死んで三年。こうして一人で暮らすようになって三年。本当、この三年間はとても長かった。

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