2-7
結局、今日もストラップを返すことが出来なかったなと、そんなことを思いながら彼女と別れて帰路に就く。依然として雨は降り続いており、傘を差しながら駅へと向かう。
雨粒が傘を叩く音を聞きながら、今日屋上で彼女とやり取りした内容を思い出す。
父親が嫌い。白谷さんの声が聞こえてくる。きっと、彼女にも色々なことがあるのだと思う。僕が彼女と話すようになってまだ数日だ。知っていることよりも、知らないことの方が余程多い。そうして、知らない方が良いことも多いことは良く知っている。
あと一ヶ月もない命。白谷さんと時間を過ごすのもわずかでしかない。
距離感とでも言うのだろうか、それが分からなくなりそうだ。僕はどこまで彼女に踏み入って良いのか分からない。
次はいつ、彼女からのメールが届くのだろう。新着メールは届いていない。ふと、彼女から届くメールを楽しみに思っていることに気が付き、自然と笑みがこぼれる
電車は時刻通りに駅に着く。雨水を跳ねながら、変わらずこの街をグルグル回っている。
二年前、あの時彼女はどのような気持ちで僕に「あなたは、こんな世の中で生きていく意味があると思う?」と問いを投げかけたのだろうか。
そういえば、三年前にも似たような質問を僕もしたことがあった。あれはこの街から少し離れた場所でのことだ。こんな風に雨の降る小さな公園で、僕はその時偶然出会った子に突拍子もなく「君はこんな世界で生きて行きたいと思う?」と問いかけたのだ。その子が誰だったのかは分からない。直接顔を見て話した訳ではなかった。背中合わせで話をしていた。
今思えば、少し頭のネジが飛んだ子供みたいだけれど、実際に当時の僕は頭のネジがどこかに飛んで行ってしまっていたのだと思う。
三年。言葉にしてみればあっけないものだけれど、とても長かったような気がする。少なくとも、僕の生活環境は大きくその姿を変えた。それはきっと僕だけではないだろう。もうじきあの事件、あるいは事故からちょうど三年経つ。
そしてこれから、それ以上に世界は大きくその姿を変えるのだろう。
「…………」
電車の走る音、車内に溢れる会話。その音が、唐突にある大きな音で断ち切られた。
ウェアラブル端末が警告音を鳴らす。その音が車内中に響いた。
電車は緊急停止をする。カウントダウンが始まる。
ウェアラブル端末によって目前に表示された「警戒」という文字。カウントダウンがゼロになると、車内が多く左右に揺れ始める。
その揺れは体感にして三十秒ほど続いた。それなりに大きかった。
車内に緊急用のアナウンスが鳴る。「地震が発生しました」と、淡々とした声が響く。
車内は少しばかり混乱に陥っているようだった。各々インターネットに接続し、情報を集めているように見える。
雨が降る中、安全が確認されるまで電車はその場に止まる。
着実に、世界は破滅への道を歩んでいるらしかった。
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