2-5
アラーム音が朝を告げる。目を開け上半身を起こす。カーテンの隙間から漏れ出る日差しに目が眩む。
一度大きく腕を伸ばした後、重い体を引きずるように立ちあがって洗面所へ行き、顔を洗う。冷たい水によって無理やり目を覚ました後、テレビをつけて朝のニュースを眺める。
今日のトップニュースは、この街の宇宙船が完成したというものだった。どうやら、今まさに宇宙船が完成したという事実が世間に知れ渡ったらしい。眼鏡型のウェアラブル端末を起動させSNSを除くと宇宙船に関することで埋め尽くされている。
ニュース番組では専門家がずらりと並び、各々発言をしていた。「宇宙船が完成した。これで人類は繋がりました」「いや、これからです。必要となる資源、食料等、まだまだ課題は残っています」「世界の国々と、今後どのように協力していくかが鍵となるでしょう」ありきたりな、普通に考えれば誰にでも分かるようなことを話していた。
そんな中、司会者が「これから具体的にどうなっていくのでしょうか」と専門家たちに問いかける。それに対しある一人の人間が「今後、具体的な動きについて、我が国のみならず、世界中の政府や宇宙開発を進めている各国の企業と話し合いを進め、逐次お知らせしていきたいと思います」とそう言った。その発言をしたのは並んでいる専門家の中で一番若い男性、白谷相馬だった。
白谷相馬。白谷源一の後、宇宙船開発を取りまとめている企業のトップの椅子に座った人間。そしておそらく白谷妃和の父親だ。
宇宙船完成に関するニュースはその白谷相馬の発言で締め括られ、話題は経済に移り変わる。
テレビを消し、SNSを食パンをかじりながら流し見する。「宇宙船が完成したって!?」「おめでと~」といった発言から、「搭乗者数とかはどうなってんだろ」「本当に全員が助かるんだろうな?」というような噛みつく発言も見て取れた。
その中の「本当に全員助かるんだろうな」という文字列が眼球にしがみついて離れない。
思い出されるのは、搭乗者数は宇宙船一隻辺り約三百人という、かつてどこからか世間に広まった噂話。
そして、その噂話が引き金となって起こった三年前の事件。
あまり思い出したくはないけれど、どうしたって忘れることは出来そうになかった。
「…………」
食パンを食べ終えると共にSNSを閉じ、鞄を持って部屋を出る。「行ってきます」なんて言って玄関を閉める。そんなことを言ったところでその言葉を聞いてくれる人などいないというのに、身に付いてしまった習慣というのは本当に厄介だと思う。
電車に乗ってみると、車内に備え付けられたデジタルサイネージに「宇宙船、ついに完成」と大きな文字が表示され、そこら中から宇宙船に関する話をしている乗客の声が聞こえてきた。
きっとこれから一ヶ月、人類は今まで体験したことのない出来事を経験し、時間はとてつもない速さで進んでいくのだろう。
昨日届いたメールを開く。白谷さんから届いたメール。表示される文字越しに彼女の顔を思い浮かべる。
今日は彼女とどのようなことを話そうか。少なくとも、今の僕には宇宙船のことを考えるよりも、彼女と何を話すのか考えていた方が余程現実的なように思えた。
一駅、一駅と電車は止まり、動く。
放課後彼女と何を話すか。色々と話したいこと、聞きたいことは浮かんでくる。
だが、しばらくそれらを考えた所でこんな風に前もって話すことを決めることは無意味だということに気付く。
話したいことは決めるべきではない。会って、顔を合わせて、そうして自然に話すべきなのだろうと僕は思った。
そういう結論に至ったところで高校の最寄り駅に着く。僕と同じ制服を着た高校生やスーツを来た大人が電車を降りる。僕は人の波に飲まれながら電車を降り、改札を通り校舎へと足を向けた。
「よ、おはよう」
背中に軽い衝撃。振り向かずとも峯が背中を叩いてきたと分かった。
「おはよう」
僕が挨拶を返すと、峯は満足そうな表情を浮かべて僕の隣に並ぶ。
「秋村、今日から放課後何しようかワクワクするな」
「いや、別に」
峯はわざとらしくため息を漏らす。
「まあいいや。俺な、今日は放課後鈴木先生と一緒に歴史博物館に行こうと思ってるんだ。それで、秋村も一緒にどうだ?」
一応考える素振りを見せる。だが、答えは当たり前のように「行かない」だ。
「どうして? お前どうせ放課後暇だろ?」
「勝手に決めないでよ」
「っと、言うことはなんか用事でもあんのか?」
ある。峯と鈴木先生と一緒に歴史博物館に行くよりは優先したい用事が。
僕が「ちょっとね」と言うと、峯はそれ以上誘っては来なくなった。代わりに話題は当然のように宇宙船の話に移る。
宇宙船が完成しようが変わらない朝の登校風景がここにはあった。
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