2-4

 朝のホームルーム、一、二、三時間目と授業を受けお昼。眠気と上手くやり取りし午後の授業を乗り越え、放課後を迎える。

 普段なら、このあと帰りのホームルームを済ませ校舎を出てバスに乗り、作業場へと向かうところだが、今日は違った。

 放課後の帰りのホームルームで担任が「もうじき宇宙船が完成する。そのため、皆の作業は本日をもって終了だ」とそう言ったのだ。

 その一言にクラスメイト全員が各々様々な反応を見せる。担任はそんなクラスメイト全員を静かにさせるために手を何回か叩いた。

 静かにはなったが、しかし教室内に漂う空気というか、そういったものがどこか浮ついている。

 それから担任がこれからのことについて話し始めた。だが、その話す内容を僕はまるっきり聞き留めることが出来ない。



 これで白谷さんが言っていた話が本当に本当であったことが示された。つまり、今後少しずつ地震が起きるようになり、最終的に八月七日に世界が滅ぶのだと、そういうことだ。

 これからのことを話す担任の姿も、これまで面倒だった放課後の作業から解放され浮かれているクラスメイトも、予想が当たって嬉しそうにしている峯も、そのすべてが虚しい。虚しく悲しい。

 既視感を覚える。小学生の頃、将来について語っていた時のそれと似ているのだ。僕だけが違う。疎外感にも似たような感覚に陥る。

 浮ついた空気が漂う教室に馴染むことが出来ない。担任の話も、教室内のざわめきも、すべてが遠ざかっていく。



 これから一体何が起こるのだろうか。確実にやって来る終末に向け、世界はどのように動いていくのだろう。きっと、僕はそんなとても大きな流れを、それこそ屋上のような高い所から一歩引いて見ていることしか出来ないだろう。

 茜色に染まる空を飛ぶ宇宙船。その下で高層ビルが次々と倒れ、コンクリートで塗装された道路はガラスのように割れ、崩れて落ちる。そんな様子を僕は屋上から眺めている。次第に僕のいる場所も落ち、僕の体は重力を忘れたように一度ふわりと宙を浮く。その時、夕暮れと夜がちょうど混ざり合った不安定ながらも美しい空が見える。そうして僕は死んでいく。それは、とても寂しいなと僕は思った。



 そんな映像が自然と白昼夢のように浮かび上がった。そんな夢から僕を覚ましたのはチャイムの音。いつの間にか担任の話は終わり、最後の作業をしに行く為にクラスメイトたちは教室を出ていく。

 いつの間にか目の前にいた峯が「おい、どうかしたのか?」と僕に尋ねて来たが、僕は「別に」と一言返事をして立ち上がり教室を後にした。

これが最後。最後位はしっかりしようと、僕と峯は周りに遅れることなくバスに乗車する。担当者の「全員乗ったな」という声がかかると、バスは作業場へと向かい始めた。

 宇宙船を造り上げる作業がようやく終わりを迎えるおかげなのか、今日の担当者は随分と機嫌が良いように見えた。



 こうしてバスに乗り、作業場へ着くまでの間、夕暮に染まった入り乱れる道路やビル、宇宙船をぼんやりと見つめ、取り留めのないことを考える時間はこれで終わりだ。作業場で何も考えず、ロボットのようにただ部品を組み立てる作業も今日で最後。

 何事もなくバスは作業場に着く。そうしていつもの通り担当者の指示に従い各々の作業場へ向かう。唯一違っていた点は、担当者が最後に「皆、今日までご苦労だった」と一言述べたくらいだった。

 最後だというのに酷く淡泊に時間は過ぎていく。五十五分作業をし、峯と中身の無い話を休憩時間中に交わし、最後の五十五分の作業を終える。



 その最後の五十五分が終わり黒いヘルメットを取ると、作業場一帯に『お疲れ様でした。本日を持ちまして、宇宙船造りの作業は終了です』と、抑揚のないアナウンスが響き、周りにいる高校生たちはそれぞれ喜びの声を上げるのだった。

 これまでこの宇宙船を造る作業などやめてしまいたいと何度も思ったけれど、いざその時を迎えてみれば嘘のように呆気ない。本当にこれで終わったのかと思ってしまうほど、実感が湧かなかった。



 作業服を脱ぎ、制服に着替え、峯と共にもう二度と来ることはないだろう作業場、施設を後にする。外はすっかり陽が落ち辺りは暗い。こんな風に峯と一緒に帰るのもこれが最後になるのかと、そんなことを峯の話を聞きながら思った。

 峯と別れるところまで歩き僕は一人外灯に照らされた道を歩く。今日はこれまでの生活が変わる出来事が起こった所為なのか、時間の長さが変わってしまったのではないのかと思えるほどあっという間に一日が終わってしまった。

 宇宙船を放課後造り上げるのは今日で最後。先ほどのように峯と歩くのも最後。作業着を着るのも、あの黒いヘルメットを被るのも今日が最後。



 ふと、今日で最後、という言葉が付く行為はあとどれくらいの数あるのだろうかとそんなことを思った。

 白谷さんの言う通り世界が残り約一ヶ月で滅ぶのなら、僕はあと三十回ほどしか朝を迎えることは出来ない。高校は八月七日前にそもそも夏休みに入るだろうし、これまでのように高校に行くことが出来る回数はさらに少ない。

 白谷さんとはあと何回話すことが出来るだろうか。もしかしたらそれは僕が死ぬまでに寝起きする回数よりも、高校に通う回数よりも少ないのかもしれない。

 限られた時間。限られた機会。彼女と何を話すのか少し考えた方が良いのかもしれないな。



 そんなことを考えつつ足はいつもの駅に向けられ、人の多い駅前を歩き改札を潜りホームに立つ。

 ホームに立って電車を待っていると、新着メールが一件送られてきた。送り主は見るまでもない。

 メールを開く。「明日、水曜日の放課後。屋上で待っているわ」という一文。

 彼女からのメールも、あと何通読むことが出来るのだろうか。

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