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「ほら峯、行くよ」



 歴史の授業が終わり、帰りのホームルームが終わった時間。言うところ放課後。隣に居る峯はと言えば、歴史の授業の時に見せていた熱心さが嘘のように無くなっており、机に突っ伏していた。



「ああ、もうちょっと待って」

「いや、もう時間だって。そんなこと言っていると、また担当者に怒られるよ」



 僕がそう言うと、峯はぬっと上半身を起き上がらせ、大きな欠伸をする。そして、鞄を持って怠そうに立ち上がるのだった。

 結局教室を出たのは僕達が最後であった。他のクラスメイトは帰りのホームルームが終わった後、すぐに荷物をまとめて教室を出ていった。

 廊下に出てみると、僕達のように少しばかり出遅れた奴らがちらほら見受けられる。夕暮れに染まった廊下を、「あ~面倒だな」「明日休みだし、どっか行く?」「疲れた」などと思い思いに会話をしながら歩いていた。



「秋村、この話知ってるか?」



 隣を歩く峯はそう言って僕の顔を覗き込んでくる。彼の表情は、何か物珍しい歴史について話す時のものになっていた。その落ち着きのなさそうな表情は夕日に照らされている所為か酷く活発な少年のように見える。良いように言えば純粋、悪く言えば世間知らず。本当、峯は何も知らない少年のような奴で、時々不思議なほど彼のことが羨ましく思える時がある。

 僕が「知らない」と言い返してやると、「おいおい、まだ話してないぜ」なんて無駄に笑った。少年は少年でも、少し悪戯が過ぎる少年だ。小学生の頃、クラスに一人くらいはこういう奴がいたものだった。



「で、何なの?」

「まったく。お前は本当につまらない奴だな」

「僕から言わせれば、単に君が馬鹿なほど面白い奴だっていうだけだよ。で、何?」

「まあそう焦るなって」



 峯は僕の先を行って階段を一段飛ばしで下りて行く。階段を下り切ったところで振り返り「あんな宇宙船なんてまだ作っていなかった時代の話だ」と話を始めた。

 峯の言うことには、まだ高校生が放課後こうして宇宙船造りに駆り出されていなかった時代、僕達には、別に放課後行っていた活動があったのだと言う。



「放課後やっていた活動?」

「そう、部活動って知ってるか?」

「いや、知らない」

「この前鈴木先生に聞いたんだ。ちなみに鈴木先生は高校生の頃、その部活動っていうのをやっていたらしいぜ」



 歴史の教師である鈴木先生は、確かもうじき七十歳を迎えて定年を迎えると峯から聞いている。『世界の終末』が起こったのは五十年前。つまり、鈴木先生はあの災厄から生き残った人間だということだ。こう言っては失礼だろうが、それはさながら生きた化石。『世界の終末』を経験し今なお生きている人間は数少ないだろう。だから鈴木先生の話すことはそれなりの価値がある。歴史好きの峯からしてみれば、それは大層魅力的なものなのだろう。峯が鈴木先生と仲が良いのも頷けた。



「部活動ってのはな、色々あったって言う話だ」

「色々?」

「そう。野球部、サッカー部、テニス部、吹奏楽部、文芸部、科学部と、それはもう沢山。それも、高校によってその部活動の種類や数も違っていたって話さ」



 野球部やサッカー部、吹奏楽部だとか科学部という名称で、部活動というものがどのようなものなのか何となく予想がつく。つまり、野球だとか、サッカーだとか、そういうものを放課後に活動の一環として昔やっていたということだろう。



「文芸部っていうのは?」



 峯が言った部活動の名称の中で文芸部という部活動だけが具体的に何をするのか分からない。一口に文芸といっても様々だろう。



「ああ、えっと。確か部室? とかいう教室だかどこかで本を読んだり、文化祭だとかで自作小説とか、評論の冊子作ったりしていたらしいぜ」

「詳しいね」

「鈴木先生が文芸部だったらしい」

「なるほどね」



 部室、というのは、きっと部活動をするための拠点となる教室、もしくは部屋のことだろう。その昔、そういった場所が全国の高校にあったらしい。



「秋村は、部活動やるとしたらどんなのが良いんだ?」

「僕は、君が上げた中でなら文芸部かな」



 僕は運動があまり得意ではない。自分は言うところインドア派なのだという自覚もある。読書は人並みには好きだ。だから、もしも峯が上げた部活動のうちどれかに所属しなければならないのなら、消去法で文芸部となる。

 聞いてはいないのだが、峯は「俺は歴史研究部だな!」と靴箱から靴を出し、それをどうしてか掲げ、高らかにそう宣言した。僕が「そんな部活動があるの?」と聞くと、彼は無駄に溌剌とした表情で「無ければ作ればいいんだよ」と言うのだった。



 そんな風に、峯の馬鹿らしい話に付き合いながら校舎を出て、校門前に停められている中型のバスに乗り込む。バスにはすでにクラスメイト全員が乗車を済ませており、結局僕達は身を屈めてバスに乗車する羽目になった。

 バスに乗っていた強面の男性担当者が、普段よりも苛立ちの色を見せつつ、「これで全員揃ったな」と言い放つ。隣に座った峯は「おっかねぇな」なんて耳打ちしてきた。「君が教室を早く出て行けばこんな風に怖い思いをしなくて済むのだけれど」と言いたくもなったが、今更そんなことを言っても無意味だ。言って治るようであるのなら、高校一年生のだいぶ早い時期に治っているはずだ。



 バスは動き出す。目的地はあの宇宙船を作っている施設。僕達高校生は放課後の午後十七時から午後十九時の二時間、作業場で宇宙船を作らなければならない。それが国のルールだ。

 茜色に染まった街。無駄に背の高いビルが何本も建ち並び、夕日の光を反射している。奇しくも僕はその光景が嫌いではなかった。どことなく寂しげな形相を見せるそれらは、まさしく人の行いを体現しているかのようで、上手くは言えないけれど、感傷的な気分にさせてくれる。



 その光景の中心に宇宙船は鎮座していた。



 バスは何本も建ち並ぶビルの間を縫う様に張り巡らされた道路を走り宇宙船に近づく。僕は次第に存在感を増す宇宙船を窓ガラス越しに眺める。

 すべての音が遠のいて行くような感覚。いつだったか電車の中で見たある女の子の瞳を思い出す。その先に見えるのが宇宙船。宇宙船の先頭にある巨大な半円形のガラスは夕日に照らされ茜色の瞳のようだ。それがどうしようもなく僕の目を奪う。

 僕はその度に、あの宇宙船は人そのものであると、そう思う。

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