第12話 お宝探し その4

「こうなったらもう宝石やけん、遠慮せんでええけん」


 あまりに彼がグイグイ押してくるので、結局2つほど手に取りました。それでいいのかとも聞かれましたが、これ以上貰う訳にはいきません。大体、私はついてきただけで何の苦労もしていませんからね。

 宝石を手にして落ち着いたところで、ようやく私は根本的な事を青年に尋ねます。


「けど、にーちゃんようこんな事知っとるのう」

「こんなん詳しいんよ」


 異世界の事にこれだけ詳しいだなんて何か裏があると踏んだ私は、ふと思いついてカマをかけてみる事にしました。


「にーちゃん、さっきの話やけど、ほしたらもしかしてにーちゃんは……」

「ほうよ? 儂は異世界の人間よ」


 私の読みは当たりました。彼は異世界の方の人間だったのです。それで全ての話に得心がいきました。謎が全て解けたところで、私は改めて青年の姿をじっくりと品定めするように眺めます。


「やっぱりほうなんかぁ……見た目全然変わらんなぁ」

「ほうやろ、驚いたやろ」

「全然分からへんわ。今でも信じられへんし」


 こうして私はこの珍しい宝石をポケットに仕舞うと用事の終わった山を彼と一緒に降りました。家の近所まで戻ったところで青年と別れます。


「ほな、また会えたら!」

「また!」


 別れの挨拶をした彼は普通に家に帰るような自然さで目の前に角を曲がっていきました。ふと気になった私は急いで後をつけてみます。

 しかしその角を曲がった時、もうそこには誰の姿もないのでした。


「本当におらんなっとる……妙な事もあるもんやのう」


 私は狐につままれたような気がしながら家に戻りました。狐や狸に化かされた昔話を思い出しながら持ち帰った宝石を居間で眺めます。

 そう言えばああ言う化かされた話とこの話はどこか似ているなと自嘲気味に笑っていると、宝石を目にした娘のみゆきが興味深そうな目で私を見つめます。


「父ちゃん、それどしたん?」

「綺麗やろ……これな……」


 思わず私は宝石の正体を私は言いかけて口をつぐみます。こんな事を言っても信じないだろうし、そもそも宝石と思ってもらった方が都合のいい話です。

 何かを言いかけてすぐに止めた私を見て、彼女は不思議そうに首を傾げました。


「ん?」

「も、貰ろたんや! 良かろが」


 私はとっさに誤魔化しました。するとみゆきは私の持っている物を羨望の眼差しで見つめます。見た目はとてもきれいな宝石ですから、彼女が興味を持つのも当然の反応でした。


「ええなぁ。ちょい見せて」

「えぇぞ」


 私は何の躊躇もせずにそれをみゆきに渡しました。娘の頼みを断れる親なんていません。私から宝石を受け取った彼女はニッコリと悪戯っぽく笑うと、見せつけるようにその手を頭上に掲げます。


「もーろた!」

「あっ!」

「貰ろてええよね?」


 みゆきは挑戦的な微笑みで私に宝石の譲渡を持ちかけます。その正体は猫のアレなんだよと言えば返してもらえるのでしょうけど、折角宝石と思っているものをわざわざネタばらししてまで失望させる事もないでしょう。

 それにこれをもらったところで扱いに困っている所でしたから、彼女の言葉はある意味渡りに船でした。宝石を手放す事で娘の笑顔も得られるなら喜んで私は手放す事を選びます。


「あー。もうええわ! やろわい!」

「やったー!」

「大事にせいよ」


 そうして彼女は私からのプレゼントを喜んで自分のものにし、きっと飾る為なのでしょう、そのまま自室へと戻っていきました。私はその様子を嬉しく思いながら眺めておりました。

 彼からもらった宝石は2つ。残りのひとつはポケットの中ですが……これは一応私が保管しておくかな。


 それから一週間後、私は日課のようにまた近所の散歩に出かけます。ただブラブラするとすぐに飽きてしまうので、これまた同じように猫を探しておりました。


「猫はおらんかいのう?」


 寒くなっても結構猫は外を歩いていたりするものです。ゲームの隠れキャラを探すみたいに、歩きながら風景に溶け込む猫を探すと言うのはとてもいい暇潰しになりました。そうやって歩いていると、またしてもあの青年と出会います。


「おっ!」

「おや! どうも」

「久しぶりやのう、えーと……」


 最近は毎週会っているような気もするのですが、久しぶりには違いありません。そこで話しかけようとしたのですが、私はここで重大な事に気が付きます。

 知り合って結構経つと言うのに、私はまだ彼の名前を知らなかったのです。名前もそうですが、それ以外の素性も全く知りません。

 困っている私を見て今度は彼の方から話しかけてくれました。


「そういや自己紹介がまだやった。田島洋一言うんよ」


 青年の方から自己紹介をしてもらって本当に助かりました。彼の名前は田島洋一……異世界の青年と言う事ですが、こちらの世界と同じネーミングセンスです。変な横文字の名前じゃなくて良かったと私は思いました。と、折角相手が自己紹介をしてくれたのですから、礼儀上、こちらも同じ事をしなければ不公平と言うものです。


「儂は村上敏行じゃ。またこっちに来とったんか?」

「ようこっちに来よんよ」


 洋一は本人曰く異世界の住人です。こちらの世界に来るのには何らかの目的があっての事でしょう。私は彼の目的を知る為に軽く探りを入れてみました。


「お宝探しにか?」

「前も言うたやん、お宝は2人一緒やないと……」

「ああ、ほうか。じゃあ何しに?」

「ぶらぶらしよんよ。やっぱり違う世界に来ると空気も違うし」


 洋一はそう言って笑います。刺激を求めてぶらぶらしていると言うのは私と同じじゃないですか。まだ若いのに枯れた趣味だなと思いつつ、同じぶらぶら好き仲間同士、彼とは今後も仲良く出来る気がしてきました。気を良くした私は好奇心の赴くままに更に質問を続けます。


「異世界ってここと全然違うんか?」

「いや、殆ど何も変わらへんよ。でもほやけんええ刺激になるんや」

「よう分からんけどまぁええわ。ほな!」


 あんまり詮索し過ぎるんも迷惑になると思った私は、聞きたい事も聞けた事だし、それ以上は何も聞かない事にしました。それにひとりでぶらぶらするんが好きなのだったら、その時間の邪魔をしても良くないと私はここで彼と別れようとしたのです。

 そうして私が一歩足を踏み出したその時でした。背中越しに楽しそうな洋一の声が届きます。


「折角会うたんやけん、また宝探しに行かへん?」

「まだあるん? 行こや行こや」


 私はそのお誘いをふたつ返事で快諾します。前回の宝探しが楽しかったので、機会があるならまた楽しみたいと思っていたのです。意気投合した私達は彼の導きの元、またしてもお宝探しに出発します。

 先週見つけたお宝は山の中腹でしたが、今度は空き地でした。こちらの方が猫がアレしていても違和感がありません。そうしてお宝はすぐに掘り出され、また私はその幾つかを手にします。


 前回は一度見つけて終わりでしたが、今回は勝手が分かったのもあって他の場所のお宝も探しに行きました。浜辺をほじくり返したり、川沿いの土手の土を掘ったり、定番の公園の砂場の中にもありました。


「結構あるもんやなぁ」

「そりゃ猫も生きとるけんのう」

「山とか原っぱとか……街なかにはやらんのやろか?」

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