第11話 お宝探し その3

「この山、昔から知っとるけど何もないぞ」


 そう、その地図は近くの私のよく知っている山、近見山でした。小学生の頃に写生大会で登ったりと、地元の者なら隅から隅まで知り尽くしている、そんな山です。近見山にお宝があるなんて話は聞いた事がありません。もし埋まっていたならとっくに誰かに掘り出されている事でしょう。

 私が自信を持って断言したと言うのに、青年は全く意に介さずに話を進めようとします。


「じゃ、行ってみよか」

「うーん……。まぁええか」


 私はこの胡散臭い話を信用出来ませんでしたが、逆に、そこまで自信満々に言うのなら何が出てくるのか見せてもらおうかと言う気持ちになり、彼の話に乗っかる事にしました。

 まぁ、普段と違う事をすると言うのはいい暇潰しにもなりますしね。


 彼の案内の元、私は久しぶりに近見山に登ります。最近はあんまり体を動かす事もなかったので、この登山も中々体力的にキツイものとなりました。山自体はそこまで大きな山でもなく、小学生でも楽に登れるほどなのですが、いやはや、体力の衰えと言うものは残酷なものですね。


「この山は昔よう登ったなぁ」

「へえ……」


 昔を懐かしみながら登っていると、青年が私の話に相槌を打ちます。そこで私はもう一度彼に忠告しました。


「この山にお宝なんかないぞ」

「まぁまぁ、思い出の確認でもええし」


 青年は自分の意見を変えるつもりは一切ないようで、話が通じないと私は大きなため息をひとつ吐き出します。体力がないせいで休み休み山を登りながら、私は改めて彼が私を誘った事に疑問を抱きます。本当にお宝があるとして、そこに私を連れていく必然性がさっぱり分からなかったからです。


「なぁ、何でこれ一緒に行かなあかんの?」

「こっちの人と一緒におらんと発動せんけん」

「はぁ?」


 私の質問に青年は訳の分からない事を口走りました。発動? 一体どう言う事なのでしょうか? ここまで来て彼の正体がいよいよ分からなくなった私は、改めて前を行く彼に今更ながら尋ねます。


「そういやにーちゃん、どっから来たんで?」

「いや、儂も地元よ」


 この山の事を全然知らないのなら、どこかから仕込んだ根も葉もない噂を信じるのも分かる気がしたのですが、青年もまた地元の生まれだと言います。

 私は益々彼の言っている事が分からなくなってきました。


「じゃあこの山も知っとるやろ?」

「知っとる知っとる。子供の頃はよう登りよった」

「ほんなら……」


 私がもう一度この山にお宝なんかない事を説明しようと言いかけたその時でした。地図の場所に辿り着いたのでしょう、彼の動きが止まります。


「見てみ?」

「えぇ?」


 青年に言われるままにその場所を見ると土が光っているじゃないですか。つまり光る何かがそこに埋まっていると言う事なのでしょう。普通に考えてこんな事は有り得ません。有り得ないはずの光景を見て私は驚きました。他に何て言えばいいのか――驚く私の顔を見た彼はドヤ顔になっています。


「驚いたやろ……初めて見たやろが」

「こりゃたまげた、どう言うこっちゃ……」

「ま、まずは掘り出そか」


 その埋められていた何かは案外浅いところにあったようで、手で簡単に掘り出せました。青年は出てきたものを私に見せます。それは緑色に光る美しい宝石でした。

 ひとつひとつは親指の先くらいでそんなに大きくないものの、コロコロっとした可愛いさで、それが6個ありました。


 しかしこれは一体どう言う事なのでしょう? 昔からここにこの宝石が埋まっていたのでしょうか? 宝石がこんな浅い場所にわざわざ埋まっていたって普通では考えられません。やはり誰かがこれをここに埋めたと言う事でなのしょうか? 

 いくら考えたところで答えなんて出くるはずがありません。私はただただ感嘆の声をあげます。


「こりゃがいなもんが出てきたのう。こんなんが埋まっとるとか知らんかったわ」

「知らんのは当然や。これはおっちゃんと一緒に来たけん出てきたんよ」

「はぁ?」


 彼の言う言葉が全く理解出来なくて私は戸惑います。人の困惑する様子をひとしきり楽しんだ青年はずいっと私の顔を覗き込みます。


「おっちゃん、異世界って信じるけ?」

「アレやろ……知っとる知っとる。えーと、アレや!」


 彼の口から放たれた異世界と言う物語で聞く用語に私は困惑します。頭の中に浮かぶその概念が正しいのか自信が持てず、思わず私は返事を誤魔化しました。

 うまく言葉の出てこない私を見て、青年は何かを察したのか意味ありげに笑います。何だか少しバカにされた気分でした。


「あははは。簡単に言うとこことそっくりの別の世界っちゅーやつよ」

「あーそうそうそう、それやそれ! でもそれとお宝と儂がなんぞ関係あるんか?」


 異世界の意味は私の想像の通りでしたが、それでは全く説明になっていないため、私は更に追求します。彼は話には順番があると言わんばかりに、丁寧に分かりやすく私に説明してくれました。


「まずお宝の正体やけど、これ2つの世界の人間が一緒に居るとな、発動するんよ。ほやけんおっちゃんとおらんといかんかったんや」

「はぁ……ほんで?」

「このお宝は異世界の猫が埋めたもんじゃ。儂はそれを記録して回っとった。それがこの地図よ」


 青年はこのお宝を埋めた犯人を異世界の猫だと断言します。見せてくれた地図は猫が埋めた場所を記したものだとも――はて? 猫がお宝を埋める?

 異世界の猫はそれだけ賢いとでも言うのでしょうか? もしかしてカラスがガラス玉を自分の巣に集めるみたいなアレなのでしょうか? 


 こちらの猫が埋めるものと言えば、せいぜい……。と、ここまで思考が巡ったところで私は嫌な予感を抱きます。


「猫が埋めたもんって……まさか」

「ほうぞ、そのまさかぞ」


 その私の想像がまるで正解だと言わんばかりに、彼は明言こそしませんが、察したようにうなずきます。そう言う意識で彼の手にある宝石を見ると、段々と宝石ではなく、リアルなそれに見えてくるから不思議です。

 でも本当にそんな事が有り得るのでしょうか? どう見てもこれは鉱物です。間違いなく鉱物なのです。


「でも宝石みたいに輝いとるぞ」

「宝石になるんよ、条件が揃たけん」


 青年は有無を言わさずに自説を押し付けます。きっと自分の言葉に絶対の自信があるのでしょう。荒唐無稽な話なのにやたらと説得力を感じるのです。

 私がその言葉の圧にたじろいでいると、彼は更に種明かしを続けました。


「ちなみにその猫、おっちゃんも会うとるやつや」

「もしかして……あいつか!」

「ほうよ、そう言う縁のある猫が出したやつだけがこうなるんよ」

「けったいな話やなぁ」


 簡単に言えば、この前に出会った猫がその異世界の猫で、その猫がこの場所でアレをして埋めた。それをこの青年が地図に記録して私を導いた。私と一緒に来た事で条件が揃い、猫の出したアレが宝石に変わった――と、そう言う事らしいのです。

 本当にけったいな話です。目の前に証拠の宝石がなければ、誰がこんなふざけた話を信じるでしょう。証拠がある以上は嘘だとは言えない訳ですが。


 青年はニッコリ笑うと、その手の中にある宝石を私の目の前に差し出します。


「ほや、協力してくれたし、分けたるわ」

「いや、ええって。そんなもんいらん」


 今は宝石でも、その元々のものを考えるとホイホイと簡単に手は出せません。私は即座に両手を振って遠慮しました。

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