第10話 お宝探し その2
デブッチョの猫の癖にその動きは身軽で、狭い道の奥も苦もなく歩いていきます。なのでついていく方は大変です。それでも楽しくて夢中になって歩いていると、段々周りの景色が見慣れないものに変わっていきました。
「あれ? ここ……?」
どこまで歩いたところで地元の景色です。幼い頃からはしゃぎまわった見慣れた場所です。すっかり歩き尽くして分からないところはないと思っていたそんな場所で、まだこんな知らない景色があったのかと私は新鮮な喜びを感じました。
知らない場所と言う事は、戻り方もすぐには思いつかないと言う事でもありましたけど――。
「うそやん、迷うはず……」
どこから来てここに着いたのか、それさえ思い出せれば帰れるはず……そう思った私が懸命にルートを思い出そうとしていると、肝心の猫を見失ってしまいます。
道には迷うし猫は見失うしで踏んだり蹴ったりです。この状況に私は途方にくれてしまいました。
「あかん……分からへん。まいったなぁ~」
猫を見失った以上、まずは分かる道まで戻るのが先決です。そう思った私は記憶を辿りながら何とか知っている場所まで出ようと歩き始めました。
けれどもどこをどう歩いても知っている場所まで辿り着けません。まるで不思議な力で正しいルートを誤魔化されているみたいです。散々歩いて歩き疲れた私はへたり込んで大きなため息を尽きました。
「はぁ~」
これからどうやって元に道に戻ろうかと思い悩んでいると、そこに見た目20代くらいの若い青年が不意に私の前に現れます。
「あれ? 珍しい」
「え?」
「こんなとこに何しにきたん?」
彼のその素朴でストレートな質問に、私はつい何も誤魔化さずにストレートに答えていました。
「いや、猫についていきよったら……」
「はぁん、あいつかぁ。おっちゃん、騙されたんやな」
「はぁ?」
青年はどうやらあの道案内猫の事を知っているようです。私は合点がいかずについ聞き返してしまいました。そこで彼はニッコリと私に笑いかけます。
「あの猫、よう人を騙すんや。儂が案内したるわ」
「そりゃ助かるわ。有難う」
青年の案内で私は彼の言う正しい道へと導かれます。彼は見た目や雰囲気から誠実そうな感じでしたが、何しろ全く自分の知らない道を案内されているのもあって、この親切な行為にもどこか半信半疑なところがありました。
やがて青年は歩みを止めると、私にその先の道を指差します。
「この先の角を曲がったら戻れるけん」
「本当に?」
「まぁいってみ?」
彼に勧められるままに歩いていきますと、何と本当に私の知っている道に無事辿り着く事が出来ました。あまりに自然に出られたので、思わず独り言をつぶやいてしまいます。
「あ、戻ってこれた……」
私はすぐにさっきの彼にお礼を言おうと振り返りました。
「ありが……あれぇ?」
しかしそこにあの親切な青年はいませんでした。唖然とした私はしばらく彼を探して辺りを歩き回りましたが、どうしても見つかりません。
その時に歩きまわって分かったのですが、さっきまで迷っていたあの見知らぬ場所へはもう二度と戻る事は出来ませんでした。不思議です。さっきまでその道を歩いて迷っていたばかりだと言うのに。
私はこの不思議体験はいい話のネタになると、家に戻って早速子供達に興奮しながら話しました。
「……ちゅー事があったんやけど」
「嘘くせ」
「嘘やないけん!」
息子の隆は全く私の話を信じてくれません。信じてくれないどころか、私の話を聞いた直後、さっさと自分の部屋に戻ってしまいました。我が息子ながら何て薄情なのでしょう。父は傷つきました。
けれど一緒に同じ話を聞いていた娘のみゆきは違います。彼女は真剣に私の話を聞いた後、信じてくれたのか質問をしてきました。
「猫を追いかけてたん?」
「ほうよ。もしかしてみゆき、何か知っとるん?」
「いや、何でもない……」
その何か引っかかる言い方に思うところがない訳ではありませんでしたが、ここでしつこく聞くと拒絶されてしまいそうな気もして強くは追求出来ません。この判断は自分でも賢明だったと思います。
みゆきはその後、私をからかうように作り笑いをしながら言いました。
「夢でも見よったんちゃうん?」
「信じんのやったら別に信じんでええわ」
「へーい」
娘もまたこのやり取りの後、そそくさと自分の部屋に戻ります。居間でひとりになった私は暇になり、雑誌でも読もうかと手に取ったその時でした。そこで般若顔の妻に捕まってしまい、私は強制的に家事の手伝いを命じられてしまいます……トホホ。
次の日曜日、先週の事が忘れられない私はあの時の出来事を思い浮かべながら、また同じように近所の散歩を楽しんでいました。
「ほんまあれ何やったんやろ……」
頭の中をあの出来事で満たしていたからでしょうか、またしても偶然にあの青年と出会います。私はこの突然の再開にびっくりして声を上げました。
「あ!」
「お、こんにちは」
私の姿を認めた青年も気さくに挨拶を返してくれます。そのまるでスポーツマンのような気持ちの良い対応に私は好感を覚えました。それで先週に出来なかった事、そう、道案内のお礼をここで済ます事にします。
「こないだは有難う。無事戻ってこれたわ」
「そりゃあ良かった」
私のお礼を聞いた青年はニッコリと笑顔を浮かべます。ちゃんとお礼が言えて、私もようやくスッキリ出来ました。それで先週までの話は区切りがついた訳ですが、今日は今日で何故ここでこの青年と出会えたのかその理由が気にかかります。
この青年とは先週まで全く面識がなく、今ここで偶然に出会えたのにも何か理由があるのではないかと思えたからです。
「で? ここで何しよん?」
「ま、そこらをぶらぶらと……あ、ほうや! おっちゃん今暇?」
「ほうやけど……?」
私とここでばったりあったのは偶然だと彼は言います。それどころか突然私の予定を聞いてきました。この話の展開に私は驚きます。青年は目を丸くする私を前に、何やら意味深な表情を浮かべました。
「ちょっと今から儂に付きおうてくれへん?」
「何するん?」
いくら好青年と言えども、まだ何の素性の知らない相手です。そんな彼から突然誘われてもすぐに首を縦には振れません。私がその理由を聞くと、青年は何とも意味ありげにニヤリと笑うのでした。
「ふふふ……。宝探しよ」
「宝? そんなんここらにはないぞ」
青年の言う宝探しという言葉に私には全くピンときませんでした。何故ならこの辺りにそんなお宝伝説は残っていないからです。昔から住んでいて、今までにそんな話を聞いた事がないのに、知り合って間もない彼に言われてもその話を信用出来るはずもありませんでした。
そんな私の訝しむ態度に青年は全く怯みません。それどころか自信満々に話を続けます。
「聞いた事のうて当然や。何せ昨日までなかったけんのう」
「はぁ?」
「ま、これ見てみ」
彼はそう言うと地図らしきものを見せてくれました。話の展開から言えばそれは宝の地図なのでしょう。
けれど地図自体は古いものではなく、どちらかと言うと最近のものです。最近の地図に手書きで宝の場所をマーキングしているのでしょうか。私はこの地図に興味を持ってホイホイと覗き込みました。
「何ぞうこれ」
「これが宝の地図よ」
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