敏行の場合
第9話 お宝探し その1
私の名前は村上敏行。愛媛の1地方都市の公務員やっとります。愛媛って分かります? 四国の西側で広島と向かい合っていて、そのために広島に縁がある県です。
そこの橋で繋がった愛媛側の都市、今治市に住んでいます。
家族は妻と子供2人。子供は高校2年生の長女と高校1年生の次男、現在反抗期真っ最中で中々素直に話を聞いてくれません。そう言う時期は自分にもありましたし、来た道だと笑って受け入れています。幸い、2人共悪の道には染まっておりませんしね。
こんな田舎の地方都市ですから、そもそも悪いヤツの話自体、あんまり聞いた事はないんですけど。
私の年齢は47、妻は42です。今のところはまぁ特に大きなトラブルもなく過ごせています。この幸せがずっと続くようにと、神社とかに言った時には無病息災と家内安全だけを祈っています。自己紹介と言えばそんなところですね。
これはそんな地方都市に住む私が遭遇した奇妙なお話です。
事の発端は12月の最初の日曜日から始まります。目覚めた私はいつも通りの朝の休日の儀式としてパジャマのままリビングで新聞を読んでいました。
「ふぁ~あ」
あくびをしながらペラリペラリと新聞をめくっていたその時です、朝から忙しそうにしている妻からお声がかかってしまいました。
「あんたぁ、暇そうならちょっと手伝うてくれへん?」
正直、日曜はゆっくりしていたいんです。いきなり手伝えと言われても困ります。彼女の出した条件は"暇そうなら"つまり何か用事があればいいのです。
私はすぐに着替えて散歩に出る事にしました。家から出てしまえばもうそこは妻の管理の管轄外ですからね。
「あ、ちょっと出かけてくるわ」
「ん~もう!」
玄関で靴を履いていると、彼女からの小言が聞こえてきます。とは言え、そんな事を気にする私ではありません。出かけてしまえばこっちのものです。
玄関を出た私は取り敢えずは当てもなく歩き始めました。今日はよく晴れていて、12月とは言え暖かい陽気です。こう言うのを小春日和と言うんでしたっけ。散歩をするにはちょうどいい気候と言えるでしょう。
最初こそ思いつくままにブラブラと歩いていましたが、それにも段々飽きてきました。やはり何か目的を持って歩きたくなります。そこで何かをしながら歩いていこうかと考えたのですが、歩きながら何かをすると言えば、私の頭にすぐに思い浮かぶものがありました。
「さて、猫でも探すかいねえ」
そう、それは猫です。この辺りは猫を自由にしている家も多く、野良猫もいるので運が良ければ気ままに道を歩く猫と遭遇する事が出来ます。私は猫が好きですし、散歩の目的を猫にすれば、そこら辺をただ味気なく歩くよりよっぽど楽しめる事でしょう。
そう言う理由もあって、早速私は道を歩きながら猫を探し始めました。とは言うものの、近所の道は猫の名所と言う訳ではありません。どこそこに行けば確実に猫がいると言う保証はどこにもないのです。
しかも季節は冬、のんきに道を歩く猫の姿はかなり減る事になります。なのでこの猫探しは結構難航しました。
「やあ」
「やあ、どうも」
キョロキョロと猫探しをしていると、ご近所の人にばったり遭遇しました。挨拶をされた以上は話をしなければいけません。私はご近所のご主人と話を合わせる事にします。
「寒なったのう」
「もう12月やけんなぁ」
適当に話を合わせようとしていると、向こうのご主人から質問が飛んできます。
「何か用事かい?」
「や、ちょっとそこらをブラブラと……」
正直に私が答えると、ご主人はニンマリと笑いました。どうやらさっきの一言だけで私が妻から逃げてきた事を直感的に察したようです。きっと家庭の境遇が似た感じだからすぐに分かったのでしょう。
ご主人の笑顔に私が苦笑いを返すと、何か思いついたのか突然話をし始めました。
「ほうじゃ、聞いたかいのう……」
「えぇ?」
それからこのご主人が知っている噂話を延々と聞かされました。私は相槌を打つだけでしたが、元々話好きな方なのでしょうね。その話はもう一日中終わらないんじゃないかと言うくらいで、私は少し困ってしまいます。玄関先で立ち話と言うかたちなのですが、私は段々周りの目が気になる始末。
これが女性同士なら本当に数時間は平気で話したりするのでしょうね。私にはそんな事はとても出来そうにありません。
やがて困惑する私を察してくれたのか、ご主人が話のキリの良いところで私を開放してくれました。その暗黙のサインを受け取った私は別れの挨拶を交わします。
「じゃあまたのー」
「またのー」
こうして猫探しは再開されました。ただブラブラ歩くだけの散歩が、目的をひとつ持つだけで立派なイベントに早変わりです。簡単には見つかりませんが、それがいいんです。あちこちをキョロキョロと見渡しながら、結構な距離を私は楽しく歩く事が出来ました。
「うーん、猫はおらんなあ」
猫を探す内に私は結構な距離を歩いていました。普段は歩きでは来ないような小さな丘を一つ越えたところまで歩いてしまったのです。
流石に歩き過ぎかなと思った私がUターンしようと引き返しかけたところでした。そこでついに待望の猫を発見します。
「お!」
その猫はデブッチョの血色のいい三毛猫のようでした。悠々と一匹で歩いています。まるでこの地域のボスのようなその風格に私は一目惚れしました。
「おいでおいで~。何もせえへんよ~?」
しゃがみ込んでニッコリ笑いながら手招きします。声をかけたので猫は私の存在に気付いたものの、硬直してそこから近付いてはくれません。猫に好かれる人と好かれない人がいますが、私は後者です。いつも何もしていないのに逃げられます。猫に会う度に同じように呼びかけるのに一度も近付いてくれた猫はいません。
それでもいつか擦り寄ってくれる猫が現れないかと、猫に会う度に期待だけはするんですけどね……。
「やっぱこんかぁ……」
デブ三毛猫は最初こそ硬直していましたが、その後はゆっくりと歩き始めます。いつも私の目の前に現れた猫は走って逃げ去っていたので、ゆっくり歩くと言うその行為ですら新鮮な感覚でした。しかも歩きながらその猫は時折こちらを振り返るのです。いくら鈍感な私でも、何度もそれをやられたら流石にその行為の意味に気付くと言うものです。
(走って逃げるでもなしか……これってもしかして噂に聞く道案内?)
猫の道案内、噂には聞いた事がありました。ネットでそれっぽい動画を見た時はいつか道案内をして欲しいなと憧れたものです。その憧れが今こうして実現している。そう思ったらもういてもたってもいられません。
「よっしゃ! ついてこ!」
私はすぐにこの猫についていく事にしました。近付き過ぎず、離れ過ぎず……適度な距離感を保ちながら歩きます。このデブ猫は一体どこに私を連れていってくれるのか、期待と興奮でもう先導する猫以外の景色は認識出来ないくらいでした。
猫の道案内は猫のペースで猫のルートで行われます。なので私が後を辿るのはとても難儀なものとなりました。路地裏を抜けて、人の家の庭を通って……田舎なので、勝手に私有地を通っても迷惑さえかけなければあんまりトラブルにはなりません。こうしてどんどん入り組んだ道に入っていきます。
「変な猫やなぁ……」
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