第8話 異世界風邪 その4
「俺が動きを止めるから、みゆきがこれでとどめを刺すんだ」
そう言って太平は私に銃を手渡した。銃については全然詳しくないけど、その形は西部劇で見るような見慣れた形をしている。特徴があるとするなら、全体的に多少凝った装飾がしてあるくらいだ。引き金を引いたら弾が出るその仕組みはこっちの世界の銃と変わらない。
これ、6発装填になっているけど、全部撃ったらまた弾を入れなきゃだよね。ま、それ以前に6発も撃てるかどうか分からないけど――。
って言うか、そもそも銃なんて撃った事がないよ。私には無理だよ!
「ちょ、私に人を殺せと?」
「だから、あいつはウィルスで、人じゃないんだって!」
「じゃあ、私が動きを止めるからさ、太平が殺してよ!」
「それはダメなんだって! 風邪にかかってる本人が殺さないといけないんだよ!」
「で、でも……」
どうやらこの大役は他人には任せられないものらしい。渡されたのが剣なら絶対出来ないと思うけど、銃ならやれなくはないのか。狙いさえ外さなければ……。
つまり後は覚悟の問題。相手は人の姿をした人ではないもの、病の元凶、倒すべき相手。人じゃない……人に見えるけど、人じゃない……。
「またそこで迷ってる。迷ってるとウィルスに殺されるんだぞ。勇気を出してくれよ」
「これは人殺しじゃ……ないんだよね?」
「ただの風邪の原因だよ。それにここは夢の中なんだから」
そうだった。ここは夢の中。誰も助けてはくれない。私がやるしかない。そもそもここで何をしようと誰からも裁かれないんだ。そうだ、私がルールだ。
私が決めればそれでいいんだ。夢の中なら何だって出来る……うん!
「分かった、やってみる!」
「来たぞ!」
私が決意を決めたところで、突然目の前にいじめっ子の姿をしたウィルスが現れた。何ていいタイミング! これ幸いと私はすぐに銃を構える。見よう見まねで構える。現実だったら多分正しい構え方をしないとちゃんと撃てないのだろう。
でもここは夢の中、なんちゃってでもきっと問題ない。銃が撃てると信じ込めば、きっとちゃんと撃てるはず。
太平は自慢の超能力で早速ウィルスの動きを封じている。最初は怖いと思ったこの作戦も、覚悟を決めたら意外と冷静になれた。後は、私が引き金を引くだけ――。
「あれ? また私倒された?」
気がつくと目を覚ましていた。また肝心なところの記憶がない。作戦は成功したんだろうか、それとも……。
「でもなんかスッキリしてる!」
そう、目が覚めた時、ずっと私を悩ませていたあの体の不調がいつの間にか感じられなくなっていた。おでこを触ると熱も下がったような気がする。体も軽い。
感覚だけじゃなくて客観的事実が欲しくなった私は、すぐに体温計を口に咥える。結果が出るまでがもどかしい。電子音を聞いてすぐに数値を確認すると――。
「お……」
そこにはすっかり平熱を取り戻したと言う快癒の証拠が表示されていた。私は嬉しくなったと同時に強い空腹を感じる。食欲も戻ってきた! それはつまり、すっかりこの風邪が治ったと言う事だ。
私は身だしなみを整えて着替えると、すぐに部屋を出た。
時間がちょうど朝食の時間だったので、食卓には朝食が並んでいる。私は驚く家族を前に自分の分を催促した。食パンを焼いている間に母が急いでおかずを作る。ありあわせのものでさっと作ったおかずはパンが焼きあがると同時に完成した。
さあ、久しぶりのちゃんとした朝食だ! 私はゴクリとつばを飲み込んだ。
「もう大丈夫なの?」
「うん、平気、治った」
「念の為に今日は休みなさい」
心配症の母の言葉を受け入れて、私は今日一日休む事にする。昨日まで重病人だったし、仕方ないかな。それに突然治ったから学校に行く準備も全然してないし。
この会話をしている内に、同席していた隆は食事を終わらせてさっそうと家を出ていった。ちら見すると、昨日まで心配そうにしていた顔がいつもの生意気な顔に戻っている。その表情の変化を確認出来ただけでも嬉しかった。
これでもう私の前で大袈裟なマスクをする事もないだろう。
朝食を済ませた私は早速暇を持て余した。もう元気になったのだ、ベッドに横になっていても正直つまらない。そこで私は朝食の後片付けをしている母に声をかける。
「じゃあちょっとっそこら辺を軽く歩いてくるね」
「そう? 気を付けてね」
母のお許しを得て、私はぶらりと近所を散歩する。平日の朝と言う滅多に経験出来ないシチェーションに、どうしても興奮してしまう。普通に歩きながらも、私の目は無意識の内につい最近知り合ったあの少年を探していた。
「太平、いないのかな?」
そんな偶然は起こらないだろう事を自覚しながら、それでも何度も会えた事がまるで必然だったような気もして、私はこの散歩をやめられなかった。暇を持て余していた事もあって、今日は会えるまで歩こうとまで決意していた。
そんな私の前に、話のきっかけとなったあの生き物が突然目の前に現れる。
「あ、猫!」
そう、それはあの日に最初に出会った猫だった。勿論、見た目が似ているだけで別の猫の可能性だってある。
けれど私には今目の前にいる猫があの時の猫だと、何故だかはっきりそう断言出来るほどに確信していた。
「よっ! 最後の一撃、すごかったぞ」
猫を凝視していると、夢の中で聞き慣れた声が聞こえてきて、私はすぐに振り返る。そこには満面の笑顔の太平がいた。本当に会えた!
彼は猫を拾い上げると、その小さな胸に抱きしめる。やはりこの猫と太平はセットだったようだ。
私は全てを確認する為に夢の中での、私の記憶にない部分の事を彼に尋ねる。もしこれが完全に私の夢の中だけの話で、目の前の太平が全く知らない話だったらとか、そんな事は一切考えもせずに。
「私、倒せたんだよね?」
「当然だろ? みゆきが倒したから元気になったんじゃないか」
彼は私の夢の中の記憶を持っていた。あの夢の中で出会ったのは、やっぱり太平本人だったんだ。私は謎の感動に包まれて、少しの間言葉が出なかった。
病気が治った事のお礼を言わなくちゃ。そう思って何とか口を開きかけたその時、彼はにっこり無邪気に笑って手を振った。
「じゃあなっ!」
「え? ちょ、まっ……」
その挨拶がただの別れの挨拶じゃない事は直感的に分かった。夢の中で太平が話した事が正しければ……。
「わっ! まぶしっ!」
次の瞬間、一瞬私の周りがものすごくまぶしくなる。その光の中心は彼とあの猫だ。光が収まると猫と少年の姿は消え去っていた。最後まで太平の話は本当だった。
ひとりと一匹は故郷の異世界に帰ったんだ。もう会えないかも知れない――。ちゃんとしたお礼が言えなかった事を私は後悔する。
それでも心の何処かでは、またいつか会える気もしていた。今度会えた時はちゃんとお礼を言おう。そう決意してこの奇妙な体験は幕を閉じたのだった。
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