第7話 異世界風邪 その3

 夢だからアリなのかも知れないけれど、こっちの世界じゃない風邪を今私はひいているらしい。

 それならお医者さんが分からないのも仕方ないよね。……って、そんな簡単に受け入れられるかーい!


「こっちの世界? ってどっちの世界よ」

「俺は普段ここじゃないここに住んでるんだよ」

「ごめん意味分かんない」


 太平の説明は全く説明になっていなかった。ここじゃないここって? ここじゃないどこかみたいなやつ? 言葉が足りなさ過ぎるよ。この謎の暗号の解読に時間をかけていると、痺れを切らした彼が私を急かす。


「分かんなくていいから! ほら今日も冒険を続けるぞ! 風邪が治らないだろ!」

「分からないから! ねえ、説明してよ!」


 事態が飲み込めないまま進む事は出来ない。私が頑として説明を求めると、太平には大きなため息を吐き出して、ゆっくりと話し始めた。


「俺は異世界の今治に住んでんだよ。こっちには猫の力を借りてやってきてる。同じようで違うから面白くてよく来るんだ、ここ」


 話を聞いた私は、ようやく何となくさっきのここではないここって言葉の意味が理解出来た。その手のオカルトな知識は漫画とかで数回目にした事がある程度だけど、全然知らない分野の言葉じゃないからね。

 そっか、異世界か。あるんだ、そう言うの。猫の力って言うのがちょっとファンタジーだけど。


「それって、パラレルワールド的なやつ?」

「そ。それ」

「マジで?」


 私はここが夢の中だと言うのも忘れて、太平の言葉をすっかり信じていた。話を理解した上で、その倒さなくちゃならないウィルスを探して歩いていると、突然私達の目の前に何かが姿を表して、いきなりそいつが襲ってきた。


「うわっ!」

「ヤバ!ヤツは昨日の事覚えてたっ!」

「あ、アレがウィルス?」

「そうだ、あいつだ!」


 彼の言うウィルスはテレビとかで見た事のあるこっちの世界のウィルスとは全然違う姿をしていて――どう見てもそれは人間だった。それも太平と同年代ぐらいのぽっちゃり体型の子供だ。ただし、目つきは凶悪でまともではないのがすぐに分かった。本当にあれがウィルスなの?


「何で人間みたいな姿なの?」

「アレ、俺の方の世界のいじめっ子だよ」

「いじめっ子だとウィルスになるの?」

「違う。ウィルスが一番嫌な奴の姿に変わるんだ」


 彼曰く、異世界のウィルスは変身機能が備わっているらしい。んで、今回は太平の苦手な人物の姿に変身したと。この事から私はひとつの仮説を立てた。


「……太平、いじめられてるんだ?」

「だからあいつはその姿を借りてるだけだって」


 つまり、何にせよ目の前のいじめっ子は見た目が人間なだけで中身はウィルスだと。だから倒すべき対象なのだと。

 私はいじめ関係の追求をさらっとかわした彼に対して、もう少し詳しく聞きたい気持ちもあったものの、すぐに気持ちを切り替えて今やるべき事を最優先する。


「いや、それは分かったけど。まぁいいや。それで?」

「え?」

「それでどうやって倒すかって聞いてんの!」


 ウィルスは私達に敵意を持って今にも襲いかかろうとしている。今から私達があいつを倒そうって言うんだから、反撃しようとするのは当然の反応だよね。

 よく見るとウィルスは手に槍みたいな武器的なものをちゃんと持っているよ。あんなので刺されたら死んじゃう! 怖い!


 私はこの時太平に攻撃方法は聞いたはずなんだ。そのはずなんだけど、気が付いたら私は目を覚ましていた。


「あれ?」


 今度は夢の内容をしっかり覚えていた。その内容を反芻しながら、念の為に体温を計る。その変わらない結果を見た私は落胆してため息をついた。


「うーん、まだ熱が下がらない……まだボスを倒せてないって事か……」


 私ががっかりしていると、デリカシーのない弟がドアの向こうから声をかけてきた。


「ねーちゃん、食欲あるかー」

「あんまない」


 適当に返事を返すと、彼はドアを開けて入ってくる。その手にはお盆に乗った一人用の土鍋があった。どうやら弟はそれをこの部屋に運ぶ為に部屋を訪れたらしい。


「んじゃ、お粥、ここに置いとくから」

「まさか……あんたが作ったの?」

「んな訳ないじゃん。母さんだよ」

「だよね」

「じゃ、お大事にー」


 隆は病気をうつされたくないのか、余計な話を何もせずに要件が終わるとすぐに部屋を出ていった。去り際によく見ると例の完全防備のマスクもきっちりしている。

 何だか自分が腫れ物扱いされているみたいで気分はものすごく悪かったけど、実際、体調はまだ回復していないし、仕方ないのかな。


「……折角だから、食べとくか」


 食欲はなくても食べないと。栄養をつければウィルスも退治出来るかも知れない。私は母特製のお粥を時間をかけてゆっくりと食べた。完食したところで食器を返すついでにトイレにも寄っておく。多少は汗をかいたパジャマもここで着替えて、私はもう一度ベッドに潜り込んだ。


 夢を見始めたと同時にまたすぐに太平が私に会いに来た。本当にさっきの続きなんだ。続きの夢なんて見る事はあんまりないんだけど、どうやらこの病気にかかっている内は違う夢は見られないらしい。

 と、言う事はやっぱりあのボスを倒さないとこの堂々巡りは終わらないのだろう。


「やっと戻ってきたな」

「あんたずっと夢の中にいたの?」

「そうだぞ」


 太平はそう言うと得意気に胸を張った。私は少しからかい気味に彼に声をかける。


「流石異世界の人は体の仕組みが違うねぇ」

「当然。こんな事も出来るぞ」


 太平はそう言いながら手を私に向けてかざす。するとどうだろう、私の体はふわっと宙に浮いた。彼には超能力的な能力も備わっているようだ。これはここが夢の中だからなのかも知れないけど。

 て言うか私だって夢の中なら空を飛べたりする事もあるんだもんね! だってここは私の夢の中なんだもの。


 彼はそのまま調子に乗って私の体を急上昇させたり、急下降させたり、曲芸飛行させたりとやりたい放題。おかげですっかりグロッキーになってしまった。


「ううっ、分かったから!」


 私の辛そうな声を聞いて彼はようやく地上に降ろしてくれた。全く、ボス戦前に私を疲弊させてどうするのよ……。

 そんな私の気持ちを無視するように、太平は右手を張り切って上げると力強く宣言する。


「今度こそウィルスを倒すぞー!」

「ねぇ、どうしてそんなに真剣に手伝ってくれるの?」


 彼の真剣さを感じた私は、どうしてそこまでしてくれるのか気になって聞いてみた。もしかしたらこの太平は夢が作った疑似人格かも知れないけれど、私にはどうしても目の前の少年が実際に存在している本物の彼のようにしか思えなかったのだ。

 

 この質問に太平はうつむきながら答える。


「だって、俺がうつしたから……。このままじゃみゆきはずっと風邪が治んない。そんなのヤダ、俺のせいで……」

「分かった! 今度こそ倒そ、いじめっ子!」


 彼は私に風邪をうつした事に責任を感じていたんだ。太平の気持ちが分かった私はその想いに答えようと気合を入れ直した。こうして気持ちの上で意気投合出来た私達は、早速旅を再開させる。気持ちが高ぶった彼はまた声を張り上げた。


「よーし!行くぞー!」

「でもどうやったらあいつを倒せるの?」

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