第6話 異世界風邪 その2

 どうやらこの男の子の名前は太平と言うらしい。先に自己紹介されたら私もしなくちゃだね。


「へえ、賢いねーボク。私はね、村上みゆき。よろしくね」

「だから! ボクって言うな!」

「ごめんごめん。で? 太平はこの辺りに住んでんの?」

「この辺りっていうか、この辺りじゃないって言うか……」

「ん?」


 私の質問に太平はハッキリしない返事で誤魔化した。これって、何か事情があるのかな? まぁ私もそこに突っ込むほど野暮じゃないから。住所の話はこれ以上追求しない事にしてあげよう。


「ま、いいや! じゃあな!」

「あ、ちょ」


 お互いの自己紹介しただけで太平はまたすぐに何処かに行ってしまった。


「……何なの?」


 私としては気分も悪いし、追いかけるのも何か違う気がして、私の視界から消えた彼の事はもう気にせずに、そのまま自宅に戻った。そうして家に着いてすぐにもらった薬を飲んでまたベッドに潜り込む。

 次に起きた時はきっと治ってる……よね?


 次に私が目覚めたのは夕方の午後5時手前。相変わらずの気分の悪さに私はこの身の不幸を嘆く。


「薬が効かないー。何でよ~」

「ねーちゃん、プリン買ってきたぞ」

「おっサンキュ……」


 隆が気を利かせてプリンを買ってきてくれたのはいいんだけど、その姿に私は気を悪くする。こいつ、花粉症用の口の周りをすっぽり覆う特別なマスクを装着してやがる。

 何だかそれって、私がものすごい感染力の強いやばい病気を患ってるみたいじゃないの。大袈裟すぎるって言うの!


「何その完全防備マスク?」

「だって謎の病気なんだろ? うつったらヤバイじゃん」

「くっ……絶対うつしてやる!」


 私は意地になって弟めがけてツバを吐き出す振りをする。この行為を彼はあからさまに嫌がった。


「ばっ! やめろよな! こっち来んな!」

「ちょ、おねーさまに向かってその態度は何よ!」

「ひとつしか違わねーじゃんか! じゃあなっ」


 隆は長居は無用とばかりに、机にプリンを置くとすぐに私の部屋から出ていった。確かに今の私は謎の病気に感染はしているけど、もうちょっと大事にしてくれてもいいじゃないの。病人なんだぞ、こっちは。

 そりゃ、弟にまでこの謎の病気をうつすわけにも行かないけどさ。私は机に置かれたプリンを食べながら、隆の可愛かった幼い頃を思い出していた。


「むう……ちっちゃい頃は可愛かったのに」


 プリンを食べ終わった私はまたベッドに潜り込んだ。調子が悪くて何もする気が起きなかったからだ。あ~あ、早く体調が戻ってくれないかなぁ。


「うーんうーん」


 深い眠りに落ちた私は当然のように夢を見ていた。調子の悪い時に見る夢は悪夢になりやすいって言うけど、この時に見ていた夢もシュールな感じで、決してハッピーな夢とは言い難かった。

 夢の中ですら頭痛に苦しんでいると、何故だか私の前に太平が現れる。


「やっぱりねーちゃん風邪ひいてんたんだ」

「あれ? 太平?」

「ちょっと心配になってさ」


 夢の中の彼は当然私の妄想の人物だよね? その割にやけにリアルな気はするんだけど、一体どう言う事なんだろ? 妄想の中の太平だから私を心配してくれているのかな? リアルの彼はお子様だし、そう言う事言わなさそうな気もするし……。


「ごめん意味分かんない。ここ私の夢の中だよね?」

「こっちの風邪は夢の中で頑張んないといけないんだよ」

「こっちの?」


 そこから先の記憶が私にはない。気がつくと私は気持ち悪さで目が覚めていた。そう、風邪ならお約束とも言えるアレだ。


「うわ、すごい寝汗……これで良くなるかな……」


 寝汗でぐっしょりとなっていた私はすぐに新しいパジャマに着替えて、もう一度寝直した。大抵の場合、寝汗をかいたら熱が下がって風邪は治るものだ。

 だから私はもうこれで大丈夫だと安心して床についたのだ。その日はもうおかしな夢を見る事はなかった。


「あれぇ……?」


 次の日、目覚めた私は相変わらずの調子の悪さに首をひねる。気になって体温を計ったら見事に熱が下がっていない。昨日あれだけ寝汗をかいたのに。

 それに体調が悪い時のお約束で、未だに全然食欲がわかない。つまり症状は全く回復していないって事だ。薬も効かないし、寝汗も効果がないって――私は本当に謎の病気を患ってしまったのかも知れない。


 このままずっと治らなかったらどうしようと怖くなった私は、その恐怖を忘れる為に私はもう一度布団に潜る。さんざん眠った後なのできっとすぐには眠れないだろうと思っていたら、意外とあっさりと私は深い眠りに落ちていた。


 眠りに落ちてすぐに、私を見つけた太平が手を上げて声をかけてきた。


「よっ」

「あっ、またいた」

「昨日は惜しかったな」


 夢の中の彼は私に出会ってすぐに昨日の話をする。そう、私の知らない昨日の話を。勿論訳が分からなかったので当然のように私は聞き返した。


「え? 何が?」

「覚えてないのかよ、あれだけの冒険をしたのに!」

「冒険って?」


 この言動で大体の事を察したみたいで、太平は腕を組んで声をかける。


「もしかして、夢を覚えていないってやつ?」

「そーかな? 私結構覚えている方だと思うけど」

「昨日の冒険を忘れててそれはないぞ」


 彼の話しぶりからして、どうやら私は昨日大冒険を繰り広げたらしい。夢の世界だからそう言うのはあるかもね。昨日はその冒険を今みたいに太平も付き合ってくれていたみたいで、私の知らない事も彼はしっかり覚えているようだった。こんなタイプの夢は今まで見た事がなかったので不思議な感じだ。

 私は詳しく知りたくなったので、太平にその辺の事をリクエストする。


「どんな冒険をしたって言うの?」

「そりゃもう山越え谷越えてだなぁ……」

「ふーん」


 彼が幼いからか、その冒険の説明はあまりにも大雑把でちっともワクワクしなかった。この態度が気に障ったのか、彼は急に不機嫌になる。


「あ、また他人事みたいに。これはみゆきの事なんだぞ」

「は? 何が?」

「また1から言わないといけないのかよ……。いいか! お前の風邪は夢の中でウィルスを倒さないと治らないんだ」

「げ。マジで? てか何でそんな事太平は知ってるの?」


 この突然明かされた衝撃の事実に私は驚きを禁じ得なかった。勿論夢の中の話だし、それが真実かどうかは分からない。分からないはずなんだけど、今はその話が信じるに値するものだと、何故だか直感的にそう思えていた。それにしてもこの事を知っている太平って一体――。

 私の頭の中で疑問がグルグル回っていると、彼の口から衝撃的な一言が告げられる。


「いや……その風邪うつしたの、俺だからさ」

「ちょ、それマジなやつ?」


 どうやらこの告白によると、この厄介な病気を私にうつした張本人が目の前の彼らしい。その言葉に私が更に混乱していると、太平はペコリと頭を下げて謝ると、言い訳じみた事を言い始める。


「悪かったって! まさか俺の風邪が治ってないとは思わなかったんだよ」

「夢の中でウィルスを倒さなきゃいけない風邪って聞いた事ないんだけど?」

「そりゃそうだろ、こっちの世界の風邪じゃないんだから」


 話の流れにまかせて、とんでもない事を彼は言い放った。

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