みゆきの場合

第5話 異世界風邪 その1

 私の名前は村上みゆき。地元の某高校に通う高校二年生。地元は景色と特定産業が有名な地方都市。実は私、今調子が悪くてベッドから離れられないでいる。特に風邪が流行ってる時期でもないのにどうしてこんな事に……。あんまり学校は休みたくないんだけど、うつる病気ならそうも言ってられないよね。

 実際、ちゃんと病院で診てもらった訳じゃないから、風邪じゃないのかも知れないんだけど。


「うー」

「ねーちゃん、大丈夫か?」


 私がベッドの中で唸っているとノックもなしの部屋のドアが開けられ、弟の隆が入ってきた。全く、昔からデリカシーのないやつ。いつもなら怒るんだけど、今日はしんどくてそれどころじゃなかった。


「おかしいなぁ。一体誰からうつったんだろ?」

「そんなの分かんないだろ? ゆっくり寝とけよ」


 隆は遠慮なしに私に辛辣な言葉を投げかけてくる。姉を思いやる心を少しも持ってないのかこやつは。無愛想な弟は部屋をさらっと見渡すと、ふんふんと意味ありげに頷いている。何となくそれが気に障った私はすぐにこの異物を排除する事にした。


「う~。はよどっか行け」

「ほいほい、お大事にな」


 隆はそう言うと部屋から出ていった。全く、何しに来たんだあいつ。大方母親から言われて様子でも見に来たんだろうけど……。私、信用されてないのかな。

 隆の方がよっぽど信用出来ないと思うけど、男子だし。あーもう、早く体調戻らないかなぁ……。


 そもそも何でこうなってしまったのか、ずっと横になっているだけなのも退屈なので私は少し前の自分の行動を思い出す事にした。



 そう、それは確か昨日の事。いい天気だったからちょっとそこら辺をぶらぶら散歩していたんだ。ちょうど日曜だったし。


「くーっ!」


 秋晴れのいい天気だったのもあって、私は背伸びをしてその澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。日頃の色んなあれこれも、深呼吸したらみんな洗い流されるようでとても気持ちがいい。

 それで駅前の広場の辺りを歩いている頃だったかな、珍しいお客さんを見つけたんだった。


「おっ、猫発見」


 駅前で猫なんて滅多に見かけないから、私はこっそり後をつけていったんだ。あんまり近付き過ぎると警戒されるから、適当な距離を保ってこっそりとね。

 何だか途中から探偵気分になっちゃって、私はノリノリで猫の尾行をしていたんだけど、ふと目を離した隙にその猫はいなくなっていた。


「あれっ?」


 その猫の消え方があまりにも突然だったので、私が現実を受け入れられなくて首を捻っていると、突然背後からやんちゃな声が聞こえてきた。


「何やってんだ?」


 声に気付いて振り向くと、そこには10歳位のガ……元気そうな男子が立っていた。うーん、元気なのはいいけど、礼儀を知らないお子様だぞ。

 そう言うのが許せない私は余計なお世話なんだけど、ついついその言葉遣いに対して注意をしてしまう。


「んー? ボク、おねーさんには丁寧な言葉で話そうか?」

「は? 知らね」

「あ、そ」


 私も引き際は弁えているので、一言で通じなかったらそれ以上の深追いはしない。どうせ知らないお子様だしとその場を離脱しようとすると、その子はなぜだか私を引き止めた。


「待てよ」

「何?」

「何やってたんだって聞いてんだろ?」


 目の前の男の子はどうやら私が何をしていたのか、それがどうしても知りたいらしい。そう言えばそれで呼び止められた事を思い出した私は、ポンと手を打った。


「あー」

「早く言えよ」


 理由を聞きたがる男の子は、何故だか知らないけどこの理由をどうしても知りたいらしい。それを話せばもう絡んでこないかなと思った私は、素直にここまで来た理由を説明する。


「猫を探してたんだよ」

「お前んちの猫か?」

「いや?」


 私がそう答えた途端、男の子の顔が少し曇った。おや? 求めていた答えと違ったのかな?


「そっか……」


 聞きたい答えが聞けて満足したのか、男の子はそのままくるりと方向転換すると、私の前から消えていった。その淋しそうな背中が何故だかとても印象に残っている。


「変な子……」


 それから私は散歩を再開したんだけど、おかしな事は何ひとつ起こらなかった。もし風邪をひく原因が昨日の内にあったのだとすると、やっぱりあの出来事に何か理由があるような気がする。

 でもあの男の子も別に元気そうだったし、やっぱり関係ないのかな……。


「ま、一日寝てたら治るか」


 私は開き直ると、もう一度掛け布団を深く被る。干したての布団の暖かい匂いに包まれて、私はまた深い夢の中に沈んでいく。


 一日中布団から離れられない時間を過ごし、そのまま私は次の日の朝を迎えた。治っているだろうと楽観視していた体調は全く回復の兆しを見せていない。


 おかしい、風邪ってこんなにしつこいものだったっけ? 私は念の為にと体温計を探し出して、おもむろに口に咥えた。

 電子音の知らせにその結果を眺めると、昨日と同じ数値がそこには表示されている。


「うーん……だるい……熱が下がらない……」


 一日まるっと寝ていても調子が治らないとなると、ここはもう医学の力に頼るしかない。私は基本的に病院は苦手なんだけど、あんまりわがままを言ってる場合じゃないよね。自己治癒能力にすべてを賭けるより、病院の注射の方が効果が高いのは経験的に実証済みだし。


「やっぱ注射を打ってもらうしかないか……」


 そう決意した私は気力を振り絞って何とか起き上がる。それから親に保険証を出してもらって、ひとりで病院に行く事にした。高校二年生にまでなって風邪ごときで親子同伴ってのもないので、母親から同行を求められてもそこはしっかりと拒否をする。


 少しフラフラしながらもかかりつけの病院まで辿り着くと、流石にシーズンじゃなかったからか待合室は比較的空いていた。受け付けで諸々の手続きを済まして待っていると、30分ほどで私の名前が呼ばれる。


「おかしいな……」


 かかりつけのお爺ちゃん先生、開口一番にそう言って頭を捻る。いや、そう言われても困るんですけど?


「特にどこも異常はないんだよ」

「え? こんなに調子悪いのに?」

「多分風邪だとは思うけど……」

「じゃあ風邪でいいですよ」

「それを判断するのはこっちだからね」


 結局原因は不明って事で取り敢えずの解熱剤とかをもらって病院を後にする。あの先生、腕は確かなはずなんだけどな……。

 そうして、たまに襲ってくる頭痛に頭を抑えながら私は家に向かって歩いていた。今日もとてもいい天気なのに、体調が悪いって言うだけで素直にこの景色を楽しめないなんて……辛いなあ。


「原因不明ってどう言う事なんだろ……。あ、もしかして滅多にかからないレアな病気とかなのかな? やばい、大きい病院で診てもらわなきゃだよ」


 私が空を見上げながらぶつぶつと独り言をつぶやいていると、見知った影が視界の端っこを横切った。


「ん?」

「よお、また会ったな」


 そう、それはこの間の日曜にうざ絡みをしてきた男の子だ。相変わらず年上に対する礼儀がなっていない。それにしてもまた出会うなんて。

 この再会に不思議な縁を感じた私は思わずこの子に興味を抱いた。


「ボク、この辺の子?」

「ボクじゃない。たいへーだ」

「たいへー……君?」

「そうだぞ、太くて平らって書くんだぞ。後、太平でいい。君とかいらない」

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