第4話 迷い人茜 その4

「さっきはここら辺にいたんでしたっけ?」

「そうなんだけど……猫って気まぐれだもんね」

「うーん、どこか気持ちのいい場所で休んでるのかな……」


 今の季節が夏なら間違いなく猫は車に下にいるはずだけど、夏も過ぎたこの時期は車の下に確実にいるなんて保証はどこにもなく……そもそもこの道路には路上駐車している車があんまり見当たらなかったので捜索は難航していた。路地裏やら屋根の上やら猫がいそうな所を2人で注意深く探していく。

 たまにお目当てじゃない猫を目にして、それを追いかけたい気持ちと葛藤したりもして――中々見つからない中でそのストレスは少しずつ大きくなっていった。


 そんな中、木々が茂って雰囲気のいい小さな神社が目に入った僕らは、一縷の望みをかけてそこに入っていった。小さな神社って無人の場所が多いし、そんな神社は結構猫達のプレイスポットになっている事も多かったからだ。参道を歩いていくと、すぐに動く猫の影を見つける。

 それはまるで神様から導かれたような、そんな奇跡的な出会いだった。猫を見つけた彼女はすぐに声を上げて近付こうとする。


「あっ、いた!」

「ちょっと待って、まずは怯えさせないようにするのが大事なんですよ」


 またさっき逃げられた事の二の舞いになってはいけないと思い、僕は彼女の行動を手を出して止める。この行為に同じ失敗をまたやらかそうとしている事に気付いた彼女が僕の顔を見ながら声をかけて来た。


「ま、任せていい?」


 その懇願する顔を見た僕は重い責任を感じつつ、やるしかないと決意する。


「失敗しても怒らないでくださいね」

「……」


 その言葉に黙ってしまった彼女の視線を背中に感じつつ、僕は早速猫ちゃん捕獲作戦を開始した。まずは警戒心を抱かさないようにしゃがんで猫目線になって大丈夫オーラを猫に送る。猫がこちらに気付いて興味を抱いたところで、すぐに例のおやつを猫の前に差し出した。


「ほら、おいで。美味しいおやつだよ」


 猫はお腹が空いていたのか、すぐにこのおやつの匂いにつられてやって来た。ここで油断しないように慎重に餌で誘導する。おやつの封を切って猫の前に差し出すと猫は恍惚な表情をしながらペロペロと夢中になって食べ始めた。流石CMで有名なおやつは異世界の猫をも夢中にさせるようだ。

 一袋分をあっと言う間に平らげた猫は僕を気に入ってくれたのか、体をスリスリと寄せて来る。僕はその猫の体をなでながら優しくそっと抱き抱えた。


 この時、猫は全く抵抗せずに僕に素直に抱かれてくれたのだった。


「嘘……」


 この僕の成果を前に彼女はただただ驚いている。普段から野良猫と戯れていた成果がここで発揮出来て僕も大満足だった。


「隆君、すごいね」

「てへへ」


 彼女に褒められた僕は照れくさくなって笑う。僕の腕中で抱かれたままの猫はおやつがもっと欲しいのか時折にゃあと鳴いている。

 こうして、彼女に猫をそのまま渡してミッションは無事に終了した。渡す時も特に騒ぐ事もなく、猫は彼女の胸に素直に抱かれていた。


「今日は有難う。助かった」

「これで……帰れるの?」


 能力を知って彼女の言葉自体は信じた僕だったけど、猫と一緒にいれば元の世界に戻れると言う事に関してはまだ半信半疑だったので、ここで改めて僕は彼女に質問する。

 質問を聞いた彼女は一瞬少し淋しそうな顔になって、それからすぐに僕に精一杯の笑顔を見せた。


「うん、じゃあさよなら」

「さ、さよなら……」


 猫を抱いたままさよならの挨拶をする彼女に対して、僕は小さく手を振ってその挨拶に答える。その次の瞬間、猫を抱いた彼女の体が光り始め、僕はパニックになりながら顔を腕で覆い、まぶたを閉じた。


「うおっ! まぶしっ!」


 その光自体は一瞬で消えたものの、視界が正常に戻った時、そこにはもう猫も彼女もいなかった。どうやら猫と一緒に元の世界に戻ったらしい。まるで夢のようなこの状況に、僕はただ立ち尽くすばかりだった。

 もう彼女に会う事もないのだろうか。折角彼女は元の世界に戻れたと言うのに、また会いたいなんて事を僕は考えてしまっていた。


 それは冬に向かうある秋晴れの日の幻のような出来事だった。

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