第3話 迷い人茜 その3
普通この手の話は好き嫌いがハッキリ分かれる訳で……。ここでノリの良い反応をすると言う事は彼女とは楽しい話が出来そうだなと僕は思った。
ただし、同性ならともかく、異性でしかも年上の彼女にこう言う反応をされると、ちょっと恥ずかしくなってしまう。
それで僕はちょっと顔をそらしながら彼女の質問に答えていた。
「何かで読んだ事があるくらいで、詳しいってほどじゃ……」
「ふーん、でも嫌いじゃないんでしょ、顔に出てる」
「え? あ、いや……」
彼女に見透かされて僕は口ごもる。やばい。何て言うか異性とこんな至近距離でこんなに会話をした経験がなくて、やばい。クラスでも女子とは一言とか二言しか話した事はなかったから、もうどうしていいのか分からなくなる。
そんな混乱した状態の中で彼女はポツリと自分の事を喋り始めた。
「私ね、向こうで居場所がなかったんだ」
「え?」
突然の彼女の自分語りに僕はどう対処していいのか分からず、カフェオレの缶を握りながら彼女の言葉に黙って耳を傾ける。
「それで今日もそんな感じで当てもなく歩いていたんだけど、そこで猫を見つけて。普段なら絶対しないんだけど、今日は猫を追いかけてみようと思っちゃって」
「それで次元を超えちゃったんですか?」
「まぁそれが本当の原因かどうかは分からないんだけどね」
そう話す彼女の顔は笑ってはいたけれど、どこか淋しそうだった。僕はどう言葉をかけていいのか分からず、つい無難な返事を返す。
「とんだ災難でしたね」
「本当だよ、全くもー」
苦笑いをしながら僕の言葉を受け止める彼女は、どこにでもいる普通の少女だった。異次元とか超能力とかそう言うのを抜きに。こっちの世界の人と何ひとつ変わらない。考えれば考えるほどそれが不思議だった。
それで、考えを整理する為に今分かっている事を彼女に話す。
「話をまとめると、茜さんは異世界の今治に住んでいるって事?」
「うん、だからここから見える景色も見覚えがあるし、風景自体には全く違和感がないのよね」
「景色は見覚えがあるのに周りの人は誰も知らないとか、怖いですよね」
彼女の話を聞いて思った事を僕は素直に口にする。すると彼女は思い出したように口を開く。
「本当ならさ」
「?」
「ここにこの世界の私がいるなら、きっとそれは私と同じ姿だろうから、道行く人が気付いて挨拶してくれたりもするはずなのよ」
「あー、確かに」
この彼女理論に僕は相槌を打つ。それに年齢が1つ違いなら、僕だってどこかでこの世界の彼女に会った事があったとしても何も不自然な事じゃない。
彼女は更に異世界に入り込んだ不安話を続ける。
「でもそれが全然ないの。って言うか顔馴染みの人にも出会わないのよ。変でしょ?私の地元なのに」
「異世界では家は近くなんですか?」
「そ、向こうの世界の近見に住んでる」
近見と言うのはこの公園から少し離れた地域の名前だ。僕もよく知っている。何人かの友達だっている。身近な地名を聞いて僕は彼女に親近感が湧いた。
「そうなんだ。じゃあ家に行ってみたら……」
「行っても仕方ないでしょ、そこは私の居場所じゃないんだから」
「あ……」
彼女の反応からちょっと言い過ぎたと僕は反省した。仮に自分の家が見つかっても、そこは本当の自分の家じゃない。それじゃあ確認しても空しくなるだけだろう。本当にどうしてそこまで想像力が働かなかったんだろう。
会話って難しいな。彼女、気を悪くしちゃったかな。
その失態のせいで僕が何も話せないままでいると、しばらくしてミルクティーを飲み干した彼女の方から声がかかる。
「じゃ、探そっか」
「はい……」
休憩が終わり、猫探しは再開される。相変わらず僕は彼女の側にいるだけだった。猫を見つけて彼女が気付いていない時は声をかけるけど、基本的に僕は何の役にも立っていない。
それが彼女からのお願いだから別に問題もないのだろうけど、もう少し何か出来ないかな……。
そう思った矢先にそれっぽいサバトラ猫が僕の視界に入って来た。気付いた僕はすぐに彼女に声をかける。
「あ、あそこ!」
「えっ?」
僕の指摘を受けた彼女がそのサバトラ猫を確認する。その猫に見覚えがあったのか、彼女はいきなり血相を変えて走り出した。
「待てぇー!」
「ちょっ」
いくら何でもいきなり追いかけたら人懐っこい猫だって驚いて逃げるだろう。案の定、猫はその機動性を活かして彼女から必死で逃げ回っていた。
本気で逃げる猫を捕まえるのは至難な技な訳で――結局彼女は猫に逃げられてしまう。
「うう……」
「走って追いかけたらそりゃ逃げますよ」
僕は猫に逃げられて落ち込む彼女を前に、今回の失敗の原因を冷静に説明した。
「じゃあどうしろって……あの猫には力も届かないのよ」
どういう理屈か分からないけど、同じ異世界の猫にはあの超能力は通じないらしい。逆に言えば、力が通じないからあの猫が異世界から来た猫だと言う事は間違いがないようだった。
強引な方法が使えないなら、ここは正攻法で行くしかないよね。と、言う事で僕は少し得意気ににやりと笑う。
「こう言う時は餌でおびき寄せる! 後、友好的にね」
この僕の言葉に彼女は感心するように口を開く。
「隆君って、もしかしてこう言うの得意系?」
「得意って程でもないけど……」
彼女からの頼られオーラを感じた僕は照れくさくなって言葉を濁す。その作戦の為に僕らは現場を離れ、まずは餌を調達する為に歩き始めた。
歩き始めてすぐに彼女から僕に関しての質問が飛んで来る。
「そう言えば隆君は駅前で何をしてたの? 家は近くなの?」
「えぇと、あの……それは秘密です」
「何それ? まぁいいけど」
彼女からのプライベートな質問、本当は誤魔化す事もなかったんだけど、意識し始めると恥ずかしくなって、つい無意識の内に回答を拒否していた。
それでも彼女はこの答えを笑って許してくれた。このやり取りで僕は何か心に暖かいものを感じたのだった。
歩いて行くとやがて目の前に地元のホームセンターが見えて来たので、ここで猫用の餌を調達する事にする。
「あ、ちょっと餌買って来ますね」
僕はひとりホームセンターに入って行く。すぐ買ってくるからと彼女は外で待ってもらう事にした。待っている間、彼女は外に展示されている苗木とか農具とか資材とかを適当に眺めながら暇を潰していた。
「はぁ……」
僕は猫の餌だけを急いで調達して戻って来た。買ったのはCMでお馴染みのチューブ式の猫のおやつ。喜んで猫が食べる事でも有名なアレだ。
ただ、異世界の猫もこれを好んでくれるかは試してみなければ分からない。若干の不安を抱えながらも、店の外で待っている彼女と合流する。
「すみません、お待たせしました」
「色々悪いね、あ、お金払うよ!」
「いや、いいです。僕もよく野良相手にやってる事なんで……。じゃあ、猫探しに戻りましょう」
「あ、うん」
準備万端と言う事で僕達は猫探しを再開。まずは逃げられた場所まで移動して、そこから猫の追跡を始める。そんなに遠くに行ってなければいいんだけど……。
車も滅多に通らない田舎の道を歩きながら、僕達は丹念に猫がいそうな所を注意深く探していく。
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