第2話 迷い人茜 その2

「やっぱそうだよね」

「じゃあ、僕はこれで」


 うん、これで話はオチがついたと言う事で僕はその場を離脱しようとした。正直言ってあんまり深く関わるとやばい気がしたんだ。ここで離れるなら流れも自然だし、彼女にも引き止められやしないだろうとそう判断した上での行動だった。

 けれどそれは甘い考えだった。立ち去ろうとする僕に対して彼女は更に懇願して来たのだ。


「待って! 知らない世界は不安なの! だから一緒に探して」

「えーと……」

「ダメかな?」


 この時、僕は彼女の懇願するその顔をまともに見てしまった。女の子の困った顔を見たら誰だって助けたいって思うだろう。異性に対して免疫のない僕は、当然のようにあっさりとこの彼女の助けてオーラに屈服する。

 そんな訳で深入りする危険を感じつつも、僕は彼女の頼みを聞く事になった。


「えっと、その猫の特徴は?」

「一緒にいてくれるの? 有難う!」


 喜ぶ彼女の顔を見ていたら、何故だか僕は恥ずかしくなって僕は顔をそらしてしまう。やばい、かわいい。しどろもどろになりながら僕は言葉を返す。


「猫探しくらいなら……猫は好きだし」

「その猫はサバトラ猫で……まぁ、普通によく見かける猫だよね」

「サバトラならここら辺でもあちこちで見ますよ」


 犬派か猫派かと言われたら猫派だと断言出来る僕は、彼女との思わぬ猫談義に心を弾ませる。実はこの散歩も野良猫を探して愛でようと言うのが今回の外出の一番の目的だった訳で――。話が猫探しになった時点で僕の心は踊り始めていたのだ。


「うん、だから探すのは私がするから一緒にいて、それだけでいいから」

「本当に不安なだけなんだ? なら知り合いでも呼べばいいのに」


 この時口走った僕の何気ない一言に彼女の顔はすぐに曇ってしまう。言った後でしまったと思ったけど全ては後の祭りだった。


「だから連絡がつかないんだって! 言ったじゃない、異世界に迷い込んだんだって……」

「現実世界とほぼ変わらない異世界とか……。そんな設定初めて聞いたけど……」


 僕は彼女に聞こえないように小さくつぶやいた。聞こえないようにつぶやいたつもりだったけど、それはしっかり聞こえていたらしい。彼女は淋しそうな顔をしながら僕の顔をじっと見つめる。


「設定……、まぁいいわ。信じてくれないんならそれでも」


 ああ、失敗した。人を傷つけかねない言葉は口に出すべきじゃなかった。心で思うだけにしておくべきだった。本当、さっきから反省しっぱなしだ。

 ここまで話して来て根本的な事が気になった僕はそれを彼女に尋ねる。


「そもそもどうして僕なんかを?」

「初めて話をちゃんと聞いてくれたから」


 この彼女の答えに僕は納得した。知らない人からいきなり意味不明な事を話しかけられたら、普通の人は敬遠しちゃうもんね。


「ああ、なるほど。でも僕が善人とは限りませんよ?」


 僕は軽くふざけたつもりだったけど、この言葉に彼女から返って来た返事はちょっとシャレにならないものだった。


「大丈夫、襲われそうになったらぶっ飛ばすから」


 見た目どっちかって言うと華奢な彼女が、ぶっ飛ばすと笑顔で言うそのギャップに僕はドキッとする。

 しかしその言葉は自信に満ち溢れ、もしかしたらマジでぶっ飛ばされるんじゃないかと思わせるものを僕は感じて、少し背筋が冷たくもなっていた。


 この返答にちょっと興味を持った僕は彼女に更に質問する。


「そもそも、茜さんのいた世界って……」

「聞きたい?」

「良かったら」


 少しもったいぶったその反応に僕は思わずつばを飲み込んだ。この答え次第で彼女の真意が分かるかも知れない。質問を受けた彼女はしばらく考え込んで、それから人差し指を立ててそれを僕に見せながらニコッと笑う。


「簡単に言うと見えない力も使える世界、かな」

「見えない力?」

「こう言うの」


 彼女がそう言うと僕の体はふわっと宙に浮いた。どこにもトリックなんてない、正真正銘の超能力だ。彼女は何の力みも見せずにごく自然にそれをやってのけたのだ。

 

「うわああっ!」

「驚いた?」


 自分の力を証明出来た彼女はドヤ顔になっていた。それから僕はまたゆっくりと地上に降ろされる。体験してしまった以上、僕は彼女の言葉を信じるしかなくなってしまった。


 漫画やアニメではお馴染みのこの能力を、まさか自分の身を持って体験する事になるだなんて――。さっきのぶっ飛ばすって発言はきっとこの力を駆使するって事なのだろう。僕は彼女を怒らせないようにしなくてはとこの時強く心に誓った。


「そう言うの、そっちの世界じゃみんな使える?」

「向き不向きとかはあるけど、大体の人はね」

「うわぁ……」


 今までの彼女の言葉が全部真実なのだとすると、これはとんでもない事に巻き込まれてしまったと僕は後悔する。

 しかし今更引き返せる訳がない。時間は戻せない。彼女から言われたのは一緒にいる事だ、それは全然難しい事じゃない。ここはひとつ、困った彼女に付き合ってうまい事お引取り願うしかない。

 決意を新たにした僕は不審に思われないように彼女についていく事にした。ああ……、どうしてこうなった……。


 そうして彼女の猫探しが始まる。駅前から始まって商店街、港、公園、魚市場と猫がいそうな場所を歩き回るものの、該当する猫は中々見当たらなかった。


「うー、見つかんないー」

「ちょっと休みます?」


 散々猫探しをして疲労の色が見え始めた彼女を気遣って、僕はやんわりと声をかける。目の前にちょうど具合の良い公園があったからだ。商店街の側にあるこの公園は素朴で子供達の遊具もいい具合に色褪せた感じの、悪くないロケーションだった。

 ベンチに座る彼女はジュースを買いに行こうとした僕を引き止める。


「あ、払うよ」

「まさか、お金まで一緒?」

「そうみたい。流石にお札はまずいだろうけど、コインならね」


 彼女から渡された硬貨は本当にこちらの世界と同じものだった。100円玉には平成26年と刻印されている。本当にどこまでも一緒だなぁ。

 この後、彼女からリクエストを聞いて自販機で僕はカフェオレ、彼女にはミルクティーを買って来た。何となく流れでベンチに座る彼女の隣りに座った僕は沈黙に耐えられなくて声をかける。


「元の世界では何を?」

「学生だよ、高校生」

「一緒だ」


 その見た目から年齢は近いのかとは思っていたけど、彼女もまた高校生だった。僕の返事を聞いた彼女がぐっと顔を覗き込んでくる。


「もしかして高2?」

「や、高1」

「なんだ~、後輩じゃ~ん」


 このやり取りでお互いの年齢的な立ち位置が判明し、僕らはまたもう少しだけ仲良くなれた気がした。僕は少し調子に乗って口を開く。


「ここまで似た世界なら、この世界にも茜さんと同じ人がいたりして」

「あ、パラレルワールドでしょ? 私もそれ考えた」


 どうやら彼女も同じ事を考えていたようだ。少し身を乗り出し気味に話す彼女を見て、僕らはもしかして結構話が合うのかもと思い、少しディープな話をする。


「ドッペルゲンガーならお互いに会ってしまうと不幸な事が起こるって言うけど……」

「お、隆君結構詳しいじゃない。もしかしてそう言う事に興味ある系?」

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