第五章その2 山賊討伐!
「川辺屋が山賊と? それは嘘ではないな?」
白石屋の店主は普段見せない鬼気迫る目付きで若葉をじっと睨みつけて尋ねた。
そんな子供だけでなく大人でも震えて黙ってしまいそうな状況でも、若葉は普段と同じ人を小馬鹿にしたような目で平然と答えていた。
「嘘じゃあないよ。私たちと内通している者はそこら中にいるんだけど、複数の連中が同時に報告しているからね」
山賊の頭若葉はちっちと指を振る。
湖春ちゃんたちには聞かれないよう、閉め切った蔵の中で蝋燭の灯りだけを頼りに俺と店主、そして若葉の3人は小声で話し合っていた。
「鈴鹿山脈にはもうひとつ、私たちとは敵対している山賊団があるんだけれども、それは本当にただのならず者の集団で、強奪だけを生業としているんだ。まったく山賊の風上にも置けないよ」
あんたらも似たようなものだろ、とはとても言えなかった。
まあ若葉一味は坂下宿の町を裏から守っていたりと町人とは持ちつ持たれつの関係も作り上げているようで、一概に悪者とは呼べない面もあるのだが。
「しかし川辺屋が山賊を味方につけたのは厄介ですな。商売敵をことごとく襲えばこの町でまともな商売ができるのはもう川辺屋だけになります」
白石屋の店主が腕を組むと、若葉はさらに乗っかる。
「それだけじゃない、あいつらの目的はあんたたちが最近扱い始めた商品を横取りすることだよ」
「商品って、まさか?」
俺が尋ねると若葉は頷いた。
「そう、反本丸。本当は彦根藩の保護下にあるからそれを扱う庄屋を襲えば藩に、下手すりゃ幕府まで敵に回しかねない。でも商人である白石屋の手に渡ってしまえばもう藩は関係ないからね、襲撃し放題さ。襲い続ければ庄屋もやがて白石屋との商売をやめるはず。その次の卸し先に川辺屋が選ばれるのが、奴らの魂胆なんだよ」
なんと回りくどいのに嫌らしい手口なんだ。
だが効果は大きい。たとえ反本丸の卸先に選ばれなくとも、白石屋はじめ他の商家に打撃を与えることはできる。
役人だけでなく無法者まで味方につけるなんて、果たしてどれだけ金を積んだのか。
「とにかく運び手の警護を強化しないと。山がちの村に行く場合は特に護衛を付けるくらいはすべきでしょう」
「それは当然です。ですがまずは暴れ回る山賊をどうにかせねばなりません」
店主と俺は顔を見合わせ、頷き合った。
若葉もずいっと顔を近づける。
「あたいらもあいつらの好き勝手させておくのは同じ山賊として見過ごせないんでね。もしもと言うなら協力させてもらうよ。ただし……」
若葉は勿体ぶりながらにやける。
しびれを切らして俺は「何だよ」と尋ねた。
「あの反本丸。あたいらも興味があってね、是非とも分けておくれよ」
後日、八幡の町外れの街道には大勢の武士たちが集まっていた。
「彦根藩より派遣された
屈強でいかつい風貌の大男だ。その脇には庄屋の息子、段平が腹を突き出して笑って立っていた。
だが同じ大柄な男でも、段平さんと山根さんが並ぶとまるでライオンとカピバラのようだった。
「すごく強そうだろ? なんたって山根様は
「反本丸は彦根藩の誇り、それを襲うような山賊を許せるはずがない。この槍の錆にしてくれるわ!」
引き連れた若い武士たちも「おおっ」と声をそろえて各々槍や剣を突き上げた。彼らは全員心鏡流の門下生らしい。
彦根藩としても領地の近くで山賊が活動されると面子に関わる。段平を通じて協力を得られたのだった。
「今のところ川辺屋に動きは無いぜ」
大津奉行の大本さんが走って来て報告する。彼もこの山賊討伐に協力してくれた。
この町を治める上司が総じて川辺屋にやたらと肩入れしているのを以前から不思議に思っていたが、賄賂の話を聞かされて合点がいったそうで、単身白石屋に協力してくれることになったのだ。
「やあ、待たせたね」
最後に現れたのは若葉たち山賊だった。彼女の後ろには二人、汚れた衣服を着たいかにもな風貌の男が控えており、目にするなり大本さんはじめ武士たちは刀に手をかけた。
「おいおいお武家さんよ、いくら山賊だからってそう身構えるんじゃないよ。あたいらは少なくとも今日はあんたたちの味方、この鈴鹿の案内人さ。この森深い山々、あたいらみたいな山の達人がいないといくら武術の達人でも迷って出られなくなっちまうよ」
へらへらと話す若葉に、大本さんは歯ぎしりをする。
「今日限りは見逃してやる。だが後日私たちの前に現れた時には覚悟しておけよ」
「おお怖い怖い。まあせいぜい頑張りなって。さ、ついて来な。近道を教えてあげるよ」
翌日、山賊討伐はわずか1日で片付いたと聞かされ俺は拍子抜けしてしまった。
だが大仕事を終えたはずの大本さんの顔は浮かなかった。
「山賊の根城は叩いて、徒党を組んでいた10人は捕まえることができたんだが、問題は川辺屋だ。何を訊いても知らんとかうちは関係ないの一点張りだ。最初の報せが別の山賊からなんて証拠としては弱いし、他に手掛かりも無いからこれ以上も追及できない。おまけにうちの上司まで川辺屋は無関係だと言うんだ。川辺屋の奴、もしもの時にも備えて手を回していたみたいだ」
白石屋の店内で茶を飲みながら俺と店主に話す彼は、ひどく疲れ切っていた。
「それは……なんだか惜しいですね」
俺がため息交じりにこぼすと、大本さんは拳を強く握りしめた。
「ああ、言っちゃなんだが今回は対策に出るのが早すぎた。もう少し泳がせておいてボロが出るのを待っても良かったかもしれない。そうすれば他の奴らの賄賂の証拠もつかめたかもしれないのに」
そんな重い空気の漂う店内だが、ちょうどお使いに出ていた湖春ちゃんが帰って来たので幾分かは和らいだ。
「ただいまー、あら大本さん、お勤めご苦労様!」
「やあ湖春ちゃん、最近可愛らしくなったねえ」
「もー、冗談がお上手なんだから」
バシバシと湖春に背中を叩かれる大本さんだが、直後表情が一変した。
湖春ちゃんにつづいて、葛さんも帰ってきたのだ。
「いらっしゃいませ大本様。今日もお仕事大変ですね」
「いえいえいえいえいえ、葛さんのそのお顔を見れば元気全快ですよ。それにしても今日もお美しうございまして候」
澄ました笑顔の葛さんの前では大本さんは首振り人形のようだった。
本当に何なんだ、この人?
しばらく談笑して大本さんも仕事に戻り、俺は近所に住む機織り職人に注文を伝えに行った。
その帰り道、俺は突如男に声をかけられたのだった。
「お待ちください、白石屋の栄三郎さん、ですね?」
振り返るなり俺は「あっ」と声を上げた。
細身の体型の爽やかな好青年。そう、この顔は忘れてなるものか。
「直接お話しするのは初めてですね。私、川辺屋の
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