第二話

 その日も大学近くのコンビニのバイトから、家に戻りシャワーを浴びてPCの電源を入れた。


 メールチェックにツイッターのチェック、ニュースサイトを見ながらNNTRのアイコンをクリックした。


「こんばんは」


 アストリットさんはすでにインしているのは、フレンドリストのアイコンで確認できた。


 フレンドリストといってもアストリットさんの一人しかいないんだけど。


「こんばんわ」


 フレンドリストでは、相手の職業とレベルも表示はされる。


 シスターになってから、一週間たったけどレベルは二つしか上がっていない。入ってる時間が短いわけでもないのは、一週間毎日挨拶をしているからわかる。少なくともログアウト時間はほぼ同じだけど、ログイン時間はいつも僕よりも先に入っている。 


「レベル上げ、手伝いましょうか」


「大丈夫です」


「と言う割りには、まだ風草原でピンクスライム殴ってるみたいだけど」


「なんで知っているですか!?」


「後ろにいるから」


 アストリットさんが僕に気づいたらしい、申し訳なさそうに。


「お恥ずかしいところを、すみません武器が装備できなくて」


 シスターには装備制限がある、なぜだか刃物がダメ、防具は軽防具までと決められている。防具はニュービーの時のを使えるだろうけれど、武器はダガーを装備できない。


「シスターなら棍棒じゃないと装備できませんよ」


「そうなんですか?」


 攻略サイトを見るようにおすすめするべきか考えたけど、自分の教えたがりの血が騒いでしまった。


「一緒にレベル上げしませんか、ほらこのゲームって上級職以上にならないとパーティの募集もないし、ソロ狩りよりもパーティ組んだ方が面白いから」


「いいんですか?」


 そもそもシスターは援護職だ、ソロでの狩りには向いていないし、上級職の聖職者ともなれば回復援護のエキスパートとしてパーティの要ともなるが、下級職ではそんな狩り場に行ったとたん倒されてしまう。 


「僕はファイターなので、回復をしてくれる人がいると効率が……」


 効率が嫌でゲームをやめたのに、効率の話をしようとしていた自分を少し嫌悪。


「僕にはアストリットさんが必要なんだ、お願いできるかい?」


「……私の方こそよろしくお願いします」


 と、交渉が成立したところで。


「じゃあ、レベルを合わせましょう。パーティ組むにはレベル差が五以内じゃないと行けないので、しばらくはアストリットさんのタゲを僕が取るので、横殴りしてください」


「は、横殴り?」


 僕とアストリットさんの関係は、ゲームの専門用語というか、用語を説明する事から始まった。


 無事にレベル合わせが終わってから一ヶ月後。


「それ狩り終わったら、ファストとシールドのリキャストしますね」


「了解、今日は二十三時までやりたいけど大丈夫?」


「大丈夫です」


 金色のロングヘア、蒼い瞳のアストリットさんはゲームのコツをしっかり掴んだようだ。


 とはいえ、シスターに特化してるので回復と援護魔法の他はまるっきしで、倉庫用のセカンドキャラで少

しスカウトをやってみたけど、お察しの通りだった。


「今日は結構レベルあがったね」


「はい、オズマさんのおかげで、三レベルもあがりました」


 レベル上げの狩りが終わり、首都のギルド前の庭で話をしていたときだった。


「アストリットさんはボイチャって大丈夫ですか?」


「大丈夫です」


「これから先、フレンドチャットだけだとキャストしながらと打ち込みにくいし……って」

 僕は最後声がうわずった。


「ごめん、失礼な事を聞くけど、アストリットさんって女性ですか?」


 数秒後。


「えっと、そうです」


 と返答がきた、しまった。


「……すみませんでした」


 出会い厨とかと誤解されたかもしれない、下心あるとか思われたかも。


「え、何がですか?」


 いやネット犯罪とか個人情報とか、それこそ性犯罪に巻き込まれたりとか、学校で習ったとおもうんだけど、ネットリテラシーの授業で。


 大きなギルドをまとめていたときは、それこそ、というか気遣いの八割はこの辺の情報の扱いだ。


 大人数になれば一定の割合で、不埒な輩も発生する。


 ギルドメンバーになるには、一応は紹介制をとっていたけどリアルで顔も合わせたことのない連中だ。何回か野良でパーティ組んで、立ち回りが上手かったからとかいう理由で紹介するヤツも居る。そんな大所帯で一気に崩壊する原因が人間関係、とくに男女の関係だ。


 だから人一倍気をつけていたつもりだったのに。


「いえ、あのマナー違反だったかなと思い」


「本当に女なので、ネカマではないですよ、大丈夫です」


 そうじゃない、そっちじゃない。


「スカイプID送ります、ヘッドマイクありますから」


 PCに関しては初心者だと思っていたけど、この一ヶ月の間でずいぶんと使いこなしているみたいだ。


「こんにちは、オズマです」


 無事にスカイプが繋がったけど、返事はなく。


「あれ設定間違えたか」


 通話中のマークがでているから大丈夫だとおもうんだけど、自分のヘッドマイクの音量を確認したりミュート設定になっていないか確認しようとしたとき。


「……こんにちはっ!」


 音量が低いのかと思ってあげていた矢先に彼女の声が飛び込んできた。


 思ったより声が若い。


「こんにちは、オズマです、聞こえてますか?」


「はい、聞こえます。アストリットです、すみません、声出すの久しぶりだから、そのなんか変ですね私の声」


 確かにその声は女性だった、女性というより女の子という感じで、というか声出すのが久しぶりって。


「……すみません、いま不登校中なんです」


 ということは大学生じゃなくて、高校生以下か。


「あの、あーいきなりオズマさんに話す事じゃないのに、そのテンパっちゃって、その嫌わないでもらえると良いんですけど」


 面白いなぁ。


「大丈夫、僕はいま都内で大学生しています、今は大学の近くのアパート暮らし、都内で教師している兄が一人います、MMO歴は結構ながくて……」 


 人を知るためには、まず自分を知って貰う事だから。僕はなるべく言える範囲で僕の事を伝えることにした。


「以上、自己紹介。アストリットさん? 聞こえてますか?」


 思えば一方的に話ししてた。逆に僕が変なヤツだとおもわれて、通信きられたかなとおもったけど。


「よかった、オズマさん優しいからきっと声も優しいかなと思いまして、想像通りでした」


 恥ずかしくなる。


 ボイチャをはじめると、文字のチャットと違って会話が少なくなったりもするけど、アストリットさんはどちらかというと例外だったようで。


「私にとって、アストリットは理想の容姿で、あの本当の事をいいます、私は引きこもりで、その聞いてもらってもいいですか……オズマさんなら、話せる気がして、ご迷惑だとは思うんですが、あの私は……さっきも言ったとおりで不登校中です」


 それなら、いつも僕よりも早くログインしていたのも納得できる。


「小学生の時に、私、ブスなのでいじめられまして、中学は学区外に行かせて貰って、高校は何とか入れたんですが、何というか、またいじめられたらどうしようって、思うたびに小学生だったときの事を思い出して」


 よっぽどひどいイジメだったのだろう、PTSDというヤツかな。


 僕は自分から意見を言うことなく、とにかく聞き役に徹することにした。


「だから、このゲームも本当、ただの時間つぶしだったんです。だけどオズマさんが声をかけてくれて、私、私のこと、必要って言ってくれて、はじめてだったんです、必要だよって言ってくれた人」


 徐々にアストリットさんのテンションが上がっていく。


「この人なら、きっと受け止めてくれるって、すみません、オズマさんが優しいの知ってて、拒否しないって計算をして話してます。ご迷惑ですよね、ほんと嫌いになったら言ってくださいすぐ切ります、重たいですよねこんな話するとか」


 その程度の話なら大丈夫、どーんと任せろ。


 なんて事は言わない。


「重いだろうけど、話して少しでも重荷が下ろせたなら、アストリットさんの役にたてなら嬉しいよ」


「……!」


 なるべく泣き声を出さないようにしているのと、鼻水をすする音が聞こえる。


「頑張ったね」


 おそらく、これが彼女が一番聞きたかった言葉なんだろう。


「うあああああああ……」


 小学生が泣き叫ぶ様に、彼女は大声で泣いていた。


 泣き止むまで待って、その日はPCの電源を落とした。


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