閑話休題

暗い路地裏に一人の侍がいて、彼は様子を伺い、鞘に手をかけ追ってから逃げる途中である。


「どこへ行った!」


数人の追っ手は侍を追いかける。

侍は固唾を呑んで、その様子を物陰から伺っていた。侍は人を殺し、金銭を奪った。賭博で増やすつもりだったその金は、繁華街をうろついていただけであっという間に消えてしまった。その後追いかけられることになったのである。江戸の取り締まりはあっという間に侍に追っ手を送りつけた。こんなはずではなかった。チッと舌打ちをし、侍は醜く皺を寄せる。強盗殺人は極刑である。捕まるわけにはいかない。

ふと、暗闇にぼうっと浮かぶ、白い肌をした若い女と橋の上ですれ違った。その瞬間侍は、化粧品と服から漂う藤の花の香りにはっと気づいて、思わず振り返っていた。それから太い男の声が遠くから耳に届いた。


「いたぞ!捕まえろ!」


侍にはもう失うものなど何もない。確信めいた何かを感じ取っていた侍は思わず女の背後に忍び寄り、橋の上で女の首根に刀の刃の先を当て、人質を取ることに成功していた。女は声も立てず、追っ手たちは足を止めた。

女を引きずりながら裏道を通り、追っ手をまいた侍は胸を撫で下ろして、さてこの女をどうするか考えていた。


「いってーな!何すんだよオッサン!」


その女から、野生的な男の声がした。

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