第49話 せめてこれからは楽しい道を

 だからなのだろうか、昂我は震える事もなく、楽しそうにしている剛堅に問いかける。

「一つ聞かせて欲しい。俺のモットーはさ、『人生楽して楽しく生きたい』って奴なんだけど、あんたは今、楽しいのか?」

 相変わらずその場にそぐわない緊張感のない間抜けな声を出して、昂我は尋ねる。

「何を言うかと思えば――」

「騎士紋章のシステムを破壊し、騎士の力を手に入れる作戦は全て上手くいったんだろう? じゃ楽しいのか?」

「こ、昂我、何を言ってるんだ?」

 昂我が何をしているのか、壬剣は全く分からない。下手な言葉を吐けば、高揚状態の剛堅に呼吸をするように二人は消されてしまうというのに。

「何って、それが楽しいかって聞いてんだよ。勝ったとか、負けたじゃなくて。俺は昔から色々と欠落してるからさ。だからお前みたくはなれないし、最後に感想くらいは聞いておこうと思ってな」

「最後か、実に潔い」

 剛堅としては零の生き残りを、この世に残しておく気はなかった。幾らどれ程力を手に入れようとも、身体のどこかに刺さった不快な棘は、いつか取らなければいけないと思っていた。

「全てが自分の思い通り! これで楽しくなければ何が、楽しいのか――騎士王ナイツオブアウェイクよ、これで本当の終幕だ。零を消し去れ!」

 騎士王ナイツオブアウェイクは剣の先端を昂我に向け、力を溜める。

 しかし、そこから一撃を放つ素振りがない。

「どうした、騎士王、早く放て!」

 剛堅の瞳は一際強い光を放つ。

 それに反応するように騎士王の全身に青い炎が灯るが、剣が突きだされることはない。

「壬剣」

「こ、昂我……?」

 雪上に足を一歩踏み出した昂我を、壬剣は不思議そうに見る。

「凛那はさ、強くなったんだ。騎士としても人としても。だからもしもの時、俺の代わりに褒めてやってくれ、凄くな。上司から褒められると嬉しいだろ?」

「何を言ってるんだ……?」

「まさかあんな小さなときから、俺に忍ばせていたなんて。あれを止めるのすら大変だろう」

 昂我の脳内には燃え盛る世界で、誰かが寄り添ってくれた記憶が刻まれる。彼女はきっと騎士王に囚われたことにより、ある次元に留まり、その場で出来る事をしてくれたのだろう。

(これまで凛那を意識していたのも、こいつのせいかもな)

 それだけでは無いかもしれないが、今は考えずに赤い光を仄かに放つ胸に手を置く。

 腰から黄玉騎士が落とした折れた短刀を取り出し、刀身に深紅の閃光が灯り、紅色の刃が生成される。それは明らかにルビーの原石が削られた滑らかな小刀短刀紙切り・紅玉へと生まれ変わる。

「騎士鎧は重いだろ、今すぐ叩き切ってやるよ、凛那」

 昂我が走り出した。

 スピードは常人の比ではない加速。

 いつか零の力が戻ってきても、耐えられる体力と精神力は師匠に養われていた。

「あんな小娘が、騎士鎧を押さえつけるほどの力があるはずがない、そんな意思が――持っているはずがない、だから選んだ、あの娘が弱々しいからこそ――最後の生贄に――いつもの様に怯えろ、自分を卑下しろ――!」

「断罪を執行する」

 

『昂我、無頭狼牙流は、神に背き二対の頭を斬られた賢狼が、神と人に対抗するために作り出した武術だ。いつかお前の前に、零の目を持ったものが現れるだろう。その時のための――反逆の牙だ』

 

「無頭狼牙流、極式、無限」


 勝負は一瞬。

 時が止まり、構えたままの騎士王ナイツオブアウェイクの兜にヒビが入る。

 雲一つない空からは、遅れて舞い上がった粉雪がゆらゆらとヒビに舞い降り、それを起点にして騎士王の鎧に亀裂が入っていく。

「ど、どうした、そんな小刀一つで騎士王ナイツオブアウェイクの装甲を破壊できるはずがない。黄玉の最強の装甲すら備えているんだぞ!」

 昂我は短刀の先端に刺さっている、蒼の髪飾りを引き抜きながら、静かに語る。

「凛那の槍はそれすらも超える。それは獣の黒騎士の時に証明されている、生きている意思の方が強いのはいつの時代も一緒さ。そしてこの刀身は前見た時よりも本当によく磨かれている」

 蒼の髪飾りは真っ二つに割れ、装飾は雪へと落ちる。

 拘束具が外れた零眼は主人を見つけたのか、昂我の左瞳へと収まる。

「ああ、そうだ。質問の意味なんだ。俺さ、零の民だけあって感情って奴が分からんかったのよね。でも師匠と会って色々分かったんだ。楽しいとか悲しいとか。まあ、今でも感情のあるふりをする事はあるけど。で、分かったんよ。最強って奴は『楽しくなかった』ってな」

 昂我の瞳に蒼炎が灯ると、剛堅の赤瞳が本来の主人である昂我へと引き寄せられていく。

「い、いくな、零の、瞳は、わ、私のものだ!」

 左目から血を流しながら剛堅は叫ぶ。

「学校でも、どこでもさ。少なからず障害物があるから、楽しいって感じるとこもあるんだよ。全部思い通りにならないと辛いけど、今なら友達もいるし――人生捨てたもんじゃねぇってやつは――楽しくてたまらんよね」

 蒼瞳に赤炎が全て吸われ、零眼が本来の宿主へと帰る。昂我は前髪を掻きあげ、剛堅をみる。

「まだ、まだだ――」

 鎧から解放され気を失っている凛那を人質に取り、剛堅はひひひと笑う。

 手にはどこから取り出したのかナイフが握られている。

「俺に何かしてみろ、こいつを、こいつを殺す」

 やれやれと肩をすくめ昂我は頭をかく。

「初めて会った時、あんたの作った偽零は言ってたよ。汚れ役を任されているから黒騎士を処分するってね。だが実際は違う。――本物の零はさ」

「な、なに!」

 手の中にいた凛那が消え、剛堅はうろたえる。

 剛堅につかまっていた凛那は、今や昂我の腕の中だ。

「手品――てな」

 ニヒヒと笑って、

「零は殺しはやらない。零はやり直しをさせるのさ。違う未来へ迷い込んだ者を殺す断罪者ってね。別に騎士に特化してたんじゃない。次元を超えたお仕事に特化してるんだよ」

「信じられるかああああ!」

 剛堅は髪を振り乱し、ナイフを構えたまま昂我へと突き進む。

「じゃあな、せめてこれからは楽しい道を」

 昂我の左目と、剛堅の目が合った瞬間、剛堅は力が抜けたように地面へと倒れ伏した。


「断罪完了――ってな」

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