第48話 ずっと気になっていた。悪役というのは何故最後になって計画をぺらぺらと語るのか

「いや正確には零だった者だがね、何か言ってやったらどうだ、零?」

 押し黙っていた昂我が、浅蔵を見つめ自分の顔の前で、両手を合わせる。

「んなはずはないって言いたとこだが、実はそうなんだよな、悪りい隠してて!」

 この場にはそぐわない出来る限り明るい声で言った。

 浅蔵は何を言ったらいいのか分からず、ぽかんと口を開けている。

「俺はどうやら零の民の生き残りらしい。師匠に拾われてからやっと意識がはっきりして、記憶が体に刻まれてきて、今に至る」

 正直なところ昂我にも『零の習わし』のようなものは分からなかった。全てを知る前に里は全滅してしまったのだ。だから師匠の受売りと体術しか自分には残っていなかった。

 今回の黒騎士の件も『零だからやらなければいけない』という使命感に燃えたものではない。昂我の役目は師匠から聞いた程度のもので、『お前が騎士と出会うことがあったら、彼らを助けてやってくれ』と言われたからであり、きっかけはそれ以上でもそれ以下でもなかった。

 自身が騎士を罰する断罪者だとは知らなかったが、不思議な事に自分には納得できるだけの『力』があったんだということは肉体が知っていた。

 だからここまで踏み込んでこれた。

 しかし今の昂我には『零』の力はない。だから浅蔵と凛那に名乗る事も躊躇われていたのだ。

「それじゃ、僕と凛那君を監視していたのか……?」

「監視はしてない。師匠の受売りは助けてやれってことだ。深い意味は知らないけど、騎士を救うのが俺の役目だって言ってた」

「救うだと……ふ、ふはははは」

 昂我の言葉に剛堅は心底おかしいのか、身体をくの字に曲げて笑う。

「零が、騎士――我らを救うだと? はははは、考えられない」

 ひとしきり笑った後に、剛堅は大きく息を吸って、髪型を整える。

「零はな。騎士たちを監視し、手駒にならなければ騎士の息の根を止める断罪者だ。そんな奴らが俺たちを救うだと? 馬鹿げている!」

「本当だ。師匠は常々そう言っていた。騎士を助け、解放できるのはお前だけだ、ってな。だから俺はいつか騎士に会ったら、力一杯手を貸してやろうって決めてたのさ」

「これは呑気なものだ。どれ程私を笑わせてくれたら気が済むのかね、君は」

 だがね――と剛堅は続ける。

「不愉快だよ、それ以上はね」

 左目の瞳孔だけが狐のように細くなり、目に赤い炎を灯す。それに呼応するかのように今まで黙っていたファントムの体が、ビクッと跳ね、空へと持ち上がる。

「これが零の力を宿した――《ハーフ零眼・甲》。私が今日から零となる――!」

 剛堅は空に何かをばら撒く。

 一つ一つ己から光を発しているようで、キラキラと空で輝く。

「そして騎士は私の思うがままに動く」

 剛堅がばら撒いた騎士紋章の原石たちは、己が宿る場所を見つけたように闇を貫く彗星となって黒騎士ファントムへと進み、飲み込まれていく。

「な、何をしている――」

 空間が振動し、地鳴りのような音が昂我と壬剣の鼓膜を震わせる。

「宝石は地球という一つの生命体から生まれた。本来騎士も十二席ではなく、王だけだった」

「無駄だ父さん、誠司さんに託された黄玉と僕には金剛の紋章がある。全てが揃うことは無い」

「我が息子とは思えないお目出度い思考をお持ちのようだ」

 剛堅が手をふると一瞬にして、壬剣の周囲に六体の女神の軍団が現れ、あちらの零――白銀騎士が、腰から抜き去った剣を横に凪ぐと、女神たちは光へと戻り、白銀の鎧の中に飲み込まれ、羽の装飾へと変化した。

「この女神は私のダイヤモンド・エクソダスから生み出した輝き。私は自身の力を《永遠の輝き》と呼んでいるがな。光を操り空間を屈折させ、在るモノを消し、無いものを存在させる。しかも物理的にな。――壬剣、分かるか、お前の騎士鎧は私の金剛の欠片だ。私が騎士紋章から罰を受けないため、お前に団長と騎士の権限を仮委譲していたのだよ。私が作り出した女神像達と似たようなものさ。まさに親の七光りだ――ふははは」

 壬剣の身体が一瞬光に包まれ、ダイヤモンド・サーチャーが無理やり展開される。

 ダイヤモンド・サーチャーは剛堅の言葉に戸惑う壬剣の手から、黄玉の原石を無理やり奪う。

 白銀騎士ダイヤモンド・エクソダスが再び剣を振るうと、ダイヤモンド・サーチャーはダイヤモンド・エクソダスの背後へと回り、形状を変化させマントへと姿を変えた。

「そ、そんな――僕は、僕は今まで――あの男の、駒――?」

 壬剣は己の左手の甲を見る。そこにはもう金剛の騎士紋章だった剣の痣はない。

「他人の光で輝いていただけさ。まさにお前らしいじゃないか、私の金、地位、その全てにお前はあやかり、あたかも自分の力で道を踏みしめてきたかのような素振りをする。あのまま黄玉騎士を見つけなければ、そのまま手駒にしていても良かったのだが、悪い友人を持ったようだからな」

 ダイヤモンド・エクソダスから黄玉の原石を受け取り、空中で苦しみもがいているファントムに投げ入れる。

「だが、まだだ、まだ凛那君の紅玉がある、それさえ守り切れば――」

 自身の力が奪われようとも、壬剣は父親に声を上げる。その言葉を待っていたかのように剛堅は唇を吊り上げた。

「壬剣、そろそろ賢くなってくれ、分かるだろう? お前の行動は計画の一部だ。誰がナイトレイの娘にあの髪飾りを渡すように指示した?」

 笑いが止まらないのか、くくくと、口元を押さえる。

「ナイトレイの娘は何処で消え、代わりに生まれたのは何だろうなあ?」

 昂我はハッと十字架のように、空に張り付けられたファントムを見上げる。

(そうか、あの駆動音は――俺が獣と化した黒騎士と相対したときに聞いた――)

「騎士王を作り出すには、素体となる純粋な騎士の命が必要でね。だが生きている純粋な騎士は、一人しか残っていなかった。それがあの娘だ。だからあの子に《ハーフ零眼・乙》を髪飾りとして渡し、徐々に暴走させ、鎧に喰われ意思を失った後、私が《ハーフ零眼・甲》で操る手はずだった」

 剛堅の隣に控えていたダイヤモンド・エクソダスの鎧がバラバラになり、ファントムの黒鎧の上に装着されていく。その度にファントムの絶叫がこだまする。

「こうして私の騎士鎧金剛が入れば、完成だ――!」

 両手を空に掲げ、まるで自分が神にでもなったように剛堅は高笑いした。

「しかしずっと気になっていた。悪役というのは何故最後になって計画をぺらぺらと語るのか」

 空ではファントムが白銀鎧に覆われ、がくんと生命線が切れたように項垂れる。

「驚愕の表情が気持ちいいからなんだろうなあ。その場を支配しているのが自分で、誰もこの現実を変える事は出来ない。自分とは関係のないところで、恐怖や不幸に沈んでいく姿を高みの見物出来るのは本当に楽しい、ああ、零たちは常にこんな目線で、騎士たちを見ていたのかと思うとぞくぞくする」

 空中で十字架に張り付けられていたようなファントム、いや、凛那が剛堅の脇に着地する。

 兜から漏れる黄金の瞳が、昂我と壬剣を見据えた。

「そうだな、ルビー……いや、騎士王ナイツオブアウェイクと呼称しよう、これこそがな」

 騎士王ナイツオブアウェイクは全身を白銀騎士の鎧に覆われているので、見た目はダイヤモンド・エクソダスとさほど変わらない。しかし背中に手を回すと、人間では支えきれない全長三メートル以上はあるであろう大きさの両手剣十二石生命剣を地面に突き刺す。

 突き刺した振動により、大地は揺れ、あれほど空を覆っていた雲が一直線に叩き割れる。

 透明感のある冬の夜空が昂我たちの頭上に姿を現した。

「ハーフ零眼による送受信での命令も可能――騎士紋章も全て宿している、完璧だ」

「父さん――いや、剛堅。だが僕は知っている騎士紋章は第零次元に住む者たちが、善悪を管理し、指令を与えているているとね。その呪縛からは逃れられない」

「だから騎士王を作り出した。そのナイトメアスレイ・システムを破壊するために――な!」

 剛堅の瞳が一際深紅に染まると、騎士王ナイツオブアウェイクの兜から真っ青な炎が漏れる。地面に突き刺していた両手剣十二石生命剣を抜き取り、空へと掲げる。

 すると両手剣は噛み合っているギアを動かしながら、空へと展開、無数の枝を広げていく。

無数の枝はまるで『選択しなかった未来』のようだ。

 多次元世界、この世界と似たような世界ではあるが、誰かが選択しなかった無限にある世界。

 それが《十二石生命剣》により、道筋が全て描かれていき、宇宙へと枝葉を伸ばしていく。昂我達にはもう目視できないが、その枝葉は宇宙に音速で到達し、更に速度を上げ、光速で何処までも伸び、無限大へと広がった後、枝は再び、一本へ収束していく。

 多様な未来が一つへとまとまり、零次元へと導いていく。

「騎士のシステムも終わりだ――人類を守り、導くのはその世界の住人、私だけで十分だ」

 収束された零次元へ枝葉が到達したとき、騎士王ナイツオブアウェイクは扉に刺した巨大なカギを捻るように、両手を捻る。

 すると昂我たちが見ている世界そのものが、大きく揺れだしたような気がした。

「な、なんだ、何が起こった!」

「試しに別の次元を消した。いや可能性そのものを『無かった事』に出来るのか、ふははは、素晴らしいぞ、未来や可能性すら私の手の中にある」

 騎士紋章の鎖が切られ、瞬時に両手剣十二石生命剣も先ほどの大剣へと戻り、再び地面に突き刺さる。

「私には敵がいない、これは想像以上だ。騎士だった頃は零の刃を恐れたものだが、高揚感が止まらんぞ――さあ、次は何ができる」

 剛堅はまるで子供のようにはしゃぎながら、四桜市へと手を振り下ろす。その動きに合わせて騎士王ナイツオブアウェイクも両手剣を振るう。

 するとこれまで四桜駅周辺しか発展していなかった街並みが突然、超高層ビルや五百メートルを超える鉄塔がそびえ立つ。

「発展したであろう可能性をコピーする事すら、朝飯前か」

 全知全能の神の力を手にした剛堅は完全に顔が歪んいた。人間のそれではない。口は耳元まで開き、目は完全に獣であり、まるで悪魔のようである。

「さて、どうする諸君。これでは力の差は圧倒的だ? それでもまだ止めるのか、この私を?」

 昂我はカチカチと音のなる方を見ると、壬剣が歯をカタカタと揺らしている。膝は震え、立っているのも――座り込むことすらできないほどに怯えている。

「お友達の武術に頼るか? だがどうせそれも零の力がなければ不完全なものだろう?」

 どうする事もできない圧倒的な力、次元が違う。

 人類の脅威を打ち倒す騎士の力もなく、暴走した力を殺す零の力すら剛堅が手にしている。昂我たちはただの学生だ。何かができる力など残っていない。

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