第47話 なあ、零

 この広場では身を隠す屋根がない。あっても鋼鉄の屋根でも身を守れるか怪しいところだ。ならばこの一撃にかけるしかない。

 ファントムに近寄ると空気すらも凍り、息を吸うたびに、肺が凍てつく錯覚に陥る。


「無頭狼牙流――一式、牙突掌」

 

 気合を入れるために大声をあげ、下腹力を入れてしっかりと踏み込む。ファントムのがら空きの鳩尾目がけて、正拳突きが繰り出される。

「――ぐぁあ!」

 しかし声を上げたのは昂我の方だった。拳は一般打撃としてこの世界に認識され、騎士鎧に弾かれてしまう。

(くっ、一撃が入らないだけが、なんだってんだ)

 すぐさま体制を整え、

「無頭狼牙流、二式、狼襲脚」

 回し蹴りの要領でファントムの脇腹に打ち込むも、全く反応がない。しかし手も足も止めず、次々と技を打ち込む。

 無頭狼牙流は師匠に教わった、失われた武術。

 昂我がこの先一人で生きていくためにと、師匠が授けてくれたものだ。だがこんな状況を想定していたにしても、相手が攻撃を無効化してしまうのでは全く意味がない。

 乱打を加え、次々と拳を繰り出す。己の手が血にまみれようとも、足が傷つこうとも、諦めない。ファントムは一方的に殴られていたが、とうとう雪の弾丸の生成が終わったのか、一瞬昂我を見た。表情は見えないが、兜から漏れる光は真っ青だ。

(くそ、これで終わりなのか、これで!)

 ファントムを取り巻く蒼い炎は更に燃え上がり、黒騎士の鎧は力を増幅する。炎が燃え上がる駆動音を感じて、過去にどこかで耳にしたことがあると昂我は思いを巡らす。

 しかし思い出せないまま、雪の弾丸が降り注ぐ。

 全身を貫かれる覚悟を持ち、雪の弾丸を見定めて回避行動に移ろうとするも間に合わない。

 ファントムは腕を振り下ろし、その動きに合わせて雪の弾丸が降り注ぐ。しかもファントムから溢れ出す蒼い炎は身近にあるものを凍らせる性質もあるのか、昂我の脚に燃え移り、地面と足を氷結によって停止させる。

(この炎、精神の停滞だけじゃなく、物理的にも人を凍らせるのか……!)

 考えている傍から、思考回路までが徐々に凍り付いていく。ファントムの蒼い炎はいわば、その人間の行動や思考、物理的なものから時間、その全てを凍りつかせる。人の意志を停止させ、前に進めなくする炎。

 幼少時から精神力を鍛えてきた昂我ですら、ここまで肉薄していると思考が停止していく。落下する雪の弾丸がスローモーションに感じられ、体に触れるだけで、一瞬とも思える痛みが延々と脳内に激痛を伝えていく。

(避けなくては……しかし、何を、いや、どうやって、何故、いや、この状態からしてやばい、足も動かない)

 頭では分かっているつもりなのに、思考がまとまらない。これ以上どうすることも出来ない。

(俺は延々と、雪の弾丸に貫かれながら、ゆっくりと死んでいくのか――)

 世界を救いたいなんて大それたことを考えていたわけでもなく、騎士の仲間として事件を解決したいと心底思っていたわけでもなく――ただ、身近な人が悲しそうだったから踏み込んだ。

(誰も助けられず、何も成し遂げられず――)

 人生楽に楽しく生きていればいい、師匠からそう教えられ、そうまねて生きて楽しさを知った。だから今度は、諦めてる奴にちゃんと伝えたかった。

(凛那――けど、もう駄目だ、意思すらも進む気がないようだ、このまま永遠に立ち止まってしまうのが、楽とさえ感じてしまう――)

 何も将来の事を考えず、何かを成し遂げようともせず、生産性もなく、ただその場にいる事がどれほど楽か、これは恐ろしい攻撃だ。

 いうなればファントムの《停滞した世界》いうところか。

「あ、とは、頼むぞ、み、壬剣……」

 あと戦えるのは壬剣しかいない。

 ゆっくりと昂我の思考は停止する。

 途端、全身に衝撃が走った。弾き飛ばされたと理解したときには、思考が徐々に歯車が噛み合うように回転しだす。

 振り返ると壬剣がダイヤモンド・サーチャーと共に昂我に体当たりし、ファントムから突き放した。昂我は地面を無様に転がり、壬剣も昂我の隣で雪にまみれて立ち上がった

 壬剣の手には黄色に輝く宝石の原石が握られている。

 どうやらファントムから距離を取ったことで《停滞した世界》の影響から外れたわけではなく、壬剣が持っている黄玉の騎士紋章のお陰で、《停滞した世界》から昂我を守れたらしい。

「た、助かった、壬剣。駄目かと思った」

「父親の隙を狙うつもりだったが、珍しく弱気顔を見てしまったから、出てしまったよ」

 お互いに笑い合い、目の前にいるファントムを見つめる。

 騎士と一緒ならば効果的な攻撃を入れる事が出来る、と思いきやファントムは昂我達から視線を外し、広場の中央にある武将の銅像を見つめる。

 昂我達も同じようにみると、ゆっくりと拍手をしながら銀髪のスーツの男が出てきた。

「浅蔵――剛堅」

 壬剣が昂我の隣で呟く。

「壬剣、まさかお前が持っていたとはな、黄玉の原石を。想定ではそこの男が受け継ぎ、警察に捕まり、全ては揃うはずだった。包囲網を敷いたのは時間の無駄だったな」

 浅蔵剛堅のすぐ後ろには白銀の鎧をまとった零が控えている。

「ふむ、役者が揃ったか」

 少し穏やかになった降雪の中、昂我と壬剣、ファントム、そして剛堅と零が距離を保つ。

「では壬剣こちらに黄玉を渡してもらおうか」

「……父さん、その前にお話を聞かせてくださいませんか」

「何をだ?」

「僕はまだ、貴方の真意を聞いていない」

「知る必要はない――と言いたいところだが、予想外の者を連れてきてくれたからな、話してやろう」

「予想外――ですか?」

「ああ、不安要素にもなれない、棘が刺さったような不快程度の案件があってね。壬剣はそれを偶然釣り上げてくれた」

 剛堅はじっと血だらけの昂我を見つめる。

「いや、迂闊だったよ。あの時息の根を止めておけば良かった」

 わざとらしい素振りで肩をすくめる。

「なあ、零」

「零……?」

 浅蔵は剛堅の横に控えている零を確認し、次いで隣にいる昂我を見る。

「昂我が零ですって――」

 混乱する浅蔵を横目に昂我は押し黙ったままだ。

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