第46話 しのびねえな

 と、交差点に差し掛かった時、考え事をしていたせいで、丁度目の前を通ったパトカーの警察官と目が合ってしまった。

 パトカーはすぐに止まり、昂我はそのまま逃げ去るか逡巡した。車から二人の警察官が降りてこちらへ歩いてくる。

(やばい、話してる場合じゃない)

 状況を説明しても理解されないだろうし、だからと言ってこのまま逃げられるか――。

「ちょっと君――」


「これでも法定速度まもってまああああああああっす!」

 

 大声と共に真っ白な五十ccのタンデムで、雪を巻き上げながら迫る男が一人。

 その遥か後方にはタンデムから飛び降りたであろう、ヘルメットを被った学生の姿が見える。

「花菱!」

 花菱は片手を伸ばしており、昂我は咄嗟にその腕に捕まって後ろに飛び乗った。振り返ると警察官が慌ててパトカーに乗り込もうとするが、高梨が二人を呼び止め事情を説明している。

「ちょっと今の俺様かっこよくない!」

 後部座席にまたがる昂我にヘルメットを取り出しながら、花菱はハイテンションで笑う。

「警察に物凄く言い訳めいた咆哮を、上げながらきたじゃねえか」

「ふははは、ご愛敬って奴だぜ」

「でも、ま、かっこよかったぜ!」

「だろう? で、どこに向かえばいい?」

 話が早い。花菱に四桜山まで行きたいと伝えると、花菱はすぐに進路を変えてくれた。

「警察に見つかるとあれだから、裏から行くぜ」

 花菱は四桜市の地理に詳しいのか、昂我の知らない道でもスイスイと進んでいく。

 タンデムでの移動になり、明らかに走るより早い。雪道だが粉雪なのでタイヤが深く取られることも今のところ無かった。

 幸い、このスピードにファントムの狙撃もついてこれないのか、たまに見当違いのところで爆発が起きる。

「いやー、ビビったわ。四桜TVつけてたらさ、ずっとお前を探してるっていうんだよな。しかもテロリストを街に招いた、重要参考人とか物騒なこと言われてるしさー。確かに爆発はしてるよ、今。けど、こんなん赤槻に出来るわけないじゃん? んで俺様と高梨で匿ってやろうと思ってたわけよ」

「お前ら――」

 なんていい友人を持ったんだと昂我は思う。こんな記録的な大雪の中、世間では犯罪者と放送されているにも関わらず、すぐに行動してくれるなんて。

「まあ、あれがなきゃ、俺たちも動けなかったと思うしさ」

「あれ?」

「ほら久しぶりに登校した日の帰りさ、なんか黒くて蒼いのに襲われたじゃん? あの時、気を失ってたとは思うんだけど、完全に失ってた感じじゃなかったんだよな。夢みたいにもやもやしてたっていうかさ。んで赤槻が必死にあの黒いのを遠ざけてくれて。俺らだったらできないと思ったわけよ、普通何もできないもんな」

 花菱は珍しく恥ずかしそうに言う。

「んで、高梨も同じの見たっていうし相談してよ。きっと俺たちの知らないとこで、頑張ってんじゃねーかなと思ったのよ。そんな矢先、この爆発じゃん? 間に合って良かったわ!」

 最後は照れ隠しをするように花菱は大声で叫ぶ。

「……あの時、二人を置いてごめんな」

 昂我は二人を置いて撤退した事を後悔していたが、やっと伝えられて良かったと感じた。

「いや、結果オーライよ! 今度またカラオケ行こうぜ、音痴担当の赤槻がいないと俺様が一番下になっちまうからさ」

「フリータイム予約しとけよ」

「任せとけ!」

 昂我を乗せたタンデムは山道を登り、ほどなくして四桜山の頂上付近に到着した。頂上は四桜城跡地があり、本来は観光スポットである。

 その手前の駐車場で花菱はタンデムを止めた。

「到着したぜ」

「しのびねえな」

 昂我はヘルメットを脱いで花菱に返す。

「高梨にも礼を言っといてくれ」

「ああ、伝えておく」

 そう言って花菱が乗ったタンデムは駐車場を後にした。

 ここから四桜城跡地へ進むと開けた場所がある。多分そこからファントムは昂我を狙っていたのだろう。

 真冬の大雪なので周囲の気温は一段と下がっているが、それよりも四桜山の気配が普段と違う気がする。

(なんというか……野山に一人残されたときの感じだ。夕暮れで獣の声も消え、生物の気配がない、心がざわつく感じ……)

 全身に鳥肌が立ち、改めて気を引き締めて歩き出す。駐車場を抜けて開けた場所に出る。

 その公園の中央には四桜市を過去に収めていた武将の像が設置されている。広場は高台になっており、四桜市を一望できた。

 そして暗闇の中、蒼い炎をまとった黒騎士が昂我の到着を待っていた。

 黒騎士ファントムは地面に手を突き、雪に蒼い炎を伝達させる。伝達された炎は雪をかき集め、凝縮し、何百本という雪の矢を形成させた。

「相変わらず俺の命を取りたいようだな」

 昂我の声に答える代わりにファントムは手を持ち上げて振り下ろす、すると次々と矢が昂我に向けて降り注いだ。

 しかし昂我は慌てることなく、腰を落とし、両手の甲を合わせ、構えを取る。

 息を小さく吐く。呼吸を整え、地面をしっかりと足で感じる。

 氷の矢から目を離すことなく、体重移動と最小限の足捌きで前後左右に移動し、全ての矢を避ける。

「……ふう、やっぱ体が軽いと違うわ」

 ファントムは小さく唸り、次は空に手を伸ばした。未だ降りつもる粉雪を空気中で凝縮し、雪の粒を一つ一つ弾丸のように凝固させていく。これが一瞬に降ってきたらさすがに避けきれるものではない。

「そりゃ無しだろ!」

 構えたまま、身を低くして疾駆する。氷の弾丸を降り注ぐ前に一撃を見舞って阻止しなければ活路はない。

(できるだろうか騎士でもない俺に、騎士の装甲にダメージを与える事が)

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