第44話 おっし、それじゃ騎士姫様を救出しに行きますか
「――き、君は、こ、こんなことが、こんな偶然があるのか……!」
前髪を戻し、ぼりぼりと頭をかきながら、昂我はやれやれと肩を竦めた。
「師匠と会った時からしか記憶はないから、昔の事はどうでも良いんだ。感情は特にない。俺は今のままで十分だ」
「そうか……君には、いくら何を言っても無理なのは分かった」
比良坂は首を左右に振り、昂我を見据える。
「大きくなったな。ならばその欠片を取り出そう。だが私の時間はもう僅かだ。騎士紋章の原石を守りきることはできない。再び、騎士紋章を身に宿す体力はないからな。だからそこの君に託そう。ただ持っているだけでいい。浅蔵剛堅の手から守ってくれ」
「ですが、僕はもう――」
ダイヤモンド・サーチャーを持っていますと続けようとしたが、比良坂がその先を被せる。
「私は運命に逆らい、この歳まで生きながらえた。黄玉の騎士紋章の力を保てなくなった今、もう灯が消える寸前だ。これからを担う若人に出会えて私は嬉しい、そしてこんな宿命を押し付けて申し訳なく思っている」
昂我の体から黄光が吸いだされ、比良坂との間に球体が生まれていく。比良坂自身からも黄色の光が抜けていく。それはまるで人の魂が抜けていくような光景である。
「最後に出会て良かったぞ、少年――そして、本当にすまなかった――」
黄玉の光が全て昂我と比良坂から抜けきると、そこに残ったのは骨も肉も残っていないミイラだけだった。ミイラに張り付いていた女神たちは生命が無くなったと感知するや否や、彼らもまた目標物を失い、光へと溶けていく。比良坂だったミイラは地面に落ち、灰となって跡形もなく崩れ去ってしまった。
三百年以上の時間が彼の肉体に一気に作用し、現代に肉体を留めて置く事もできなくなったのだろう。
浅蔵はしゃがみ込み、黄玉が残した騎士紋章の原石を拾い上げる。
騎士紋章の原石は粗削りなトパーズそのもので、まだ光り輝いていない。これが次の持ち主を見つけたとき、また黄色に輝き宿主に溶け込むのだろう。
昂我は軽くなった体を確かめるように腕を何度か回したり、その場で軽く跳ねる。
「……ありがとな、翁殿」
体調に問題はないようだ。不幸中の幸いか、斬られた傷も黄玉の騎士紋章の欠片のお陰で回復しているので、今後の事態にも対応できそうだった。
「どうする浅蔵。親父さんが何を企んでいるのか分からないが、もし狙いが騎士紋章の回収ならば、次に狙われるのは間違いなく凛那だ」
浅蔵は逡巡した後、改めて昂我に向き合う。
「すまなかった」
そして体を大きく曲げて頭を下げた。
「赤槻昂我を疑ってしまった。本当に申し訳ない。謝罪して許されるものではないと思うが、どうか許して欲しい。気が済まないのならば、それ相応の謝罪もする。本当にすまなかった」
「お、おい、頭を上げろって」
「そうはいかない。僕はそのせいで君に物理的にも危害を加えている。正しいと思った一時の判断により、取り返しのつかない事をした」
「んなこた、どーでもいいって、いつも全てを正しく判断できる奴なんていないって」
むしろいつも自信に満ち溢れていた男に、ここまで頭を下げられると対応に困るというものである。
「しかしだな……」
浅蔵は気が済まないのか、頭を上げる気がない。
本当に真面目な奴だと思いながら、昂我は手を打つ。
「じゃ、こうしよう。俺の事は赤槻か昂我と呼んでくれ。フルネームじゃ友達って感じじゃねーしさ」
「そんなことで――」
「そんな事でいいんだよ。友達ってのはそーいうもんだから、俺も壬剣って呼ぶから、な!」
「と、友達か、わ、分かった」
頭を上げ、ごほんと咳払いをして、浅蔵――壬剣は不慣れな感じで口に出す。
「では赤槻昂我改め、こ、昂我、今後ともよろしく頼む」
「ああ、よろしくな、壬剣、頼りにしてるぜ!」
昂我が手を差し出すと、壬剣は再びぎこちない動作で手を握った。
「昂我、僕は父さ――父親のところに戻る。今、奴の元を離れては疑われる。それに僕には常に零が付いている。下手な行動を取ると父親に感づかれてしまう。その中で父親が何を狙っているのか探る」
「分かった、俺は――」
と言いながら、元比良坂だった灰の山を見ると、太陽の光に反射した金属を見つける。
「なんだこりゃ、折れた小刀……?」
何とも手に馴染む不思議な感じがする。
とりあえず武器になりそうならなんでもいいかと思い、脇腹を塞いでいたガーゼを剥がして、小刀に巻き付け、腰に仕舞い込む。
「俺は凛那を探す。その後、壬剣の親父さんを止めなければいけない。凛那を隠し通すのは限度があるからな」
それはつまり、早々に浅蔵剛堅と剣を交える覚悟があるのか、と浅蔵に問う内容だった。浅蔵も昂我の言葉の意味を察したのか、しっかりと頷く。
「それが終われば、本当の一件落着さ」
「そうだな」
浅蔵はまだ何か昂我に言いたげだったが、これ以上謝罪や感謝は不要と思い、お互い拳を軽く打ち付け合った。
「おっし、それじゃ騎士姫様を救出しに行きますか」
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