第43話 その時だ、僕はもう何も信じられなくなった。

 壁の先を二人で数分ほど進むと、徐々に光が差しているのが分かった。どうやら一カ所の牢屋だけ光を取り込んでいるらしい。

 光が差し込む牢屋の前に着いたとき、浅蔵は愕然とした。

 そこには以前剣を交えた機械人形達が、黒騎士に剣を刺したまま壁に固定している。黒騎士の騎士鎧は大きなダメージを負っており、右肩を中心として無残に砕け、男性の年老いて痩せ細った肉体が露わとなっている。

 黒騎士の兜も全てが破壊されており、年の頃は八十歳を過ぎているように見える。

 男は虚ろな目で昂我と浅蔵を見上げた。

「……君なら来てくれると思っていた」

 しわがれた声で老人は語る。四肢の女神たちは行動停止のプログラムが走っているのか、老人を押さえるだけで、何の反応もない。

「ナイツオブアウェイクの黄玉騎士、だな」

 昂我は静かな声で話す。

「ああ、そうだ。黄玉騎士、比良坂誠司」

「ひらさか……せいじ」

 浅蔵はその名を噛みしめるように口ずさむ。

「な、これで俺が黄玉騎士じゃないって証明できただろ?」

 左目を隠したまま、右目だけで笑みを作り、ニッと昂我は笑う。

「い、いや待て。そう簡単に信じられるはずがないだろう。ほ、本当なのか……?」

 疑いながらも黄玉騎士――比良坂の右胸を見ると色彩を失いかけている甲冑を模したような痣、騎士紋章黄玉が見て取れた。

「騎士紋章……で、では何故、お前からも共振を感じるんだ! お前も何らかの騎士ということなのか!」

「そいつは多分、こいつのせいだ。比良坂翁殿なら説明できるだろう?」

 壁に貼り付けにされたままの比良坂は二人を見据え、重たい口を開いた。

「どこから話すか……これは正義に対する反乱だった……」

 どこか遠い目をしながら比良坂は続ける。

「ナイツオブアウェイクはこの三百年間、人類の脅威と相対する事は無かった。それは知っているだろう? だからこそなのかもしれない、ナイツオブアウェイクが徐々に内部から腐っていっていたのが分かったのは」

「お爺さん、腐っていっていたとは……?」

「こう見えても私の歳は三七八歳……、まあ、お爺さんには違いないが。今は何とか黄玉の騎士鎧の力でこの年齢を保てているがね、鎧の効果がそろそろ消えてしまえば瞬時にして老衰で灰になる」

「さ、さんびゃく――」

 浅蔵は驚愕した。三百歳を超えているということは、騎士の戦いも経験しているし、年号も江戸時代くらいになる。

「黄玉は『守る』事に特化した騎士鎧でな。周囲を守る以外にも私の生命をも守ってくれた。その間、様々な騎士を見てきた。皆、騎士紋章を受け取ったときは責任感や正義感に溢れていたものだ。だが脅威も訪れず、時間だけが経過していくようになると、騎士たちは徐々に騎士鎧の力に溺れ始めていくようになった」

 昂我は師匠から耳にタコができるくらい言われてきたので、よく知っている。

 金や力、そういった分かりやすい力があると、人はいずれ内部から腐っていく。だから常に自分に枷をはめ、進むべき目標を作り、人の道を踏み外さないようにと。女をはべらせ、酒を飲みながらだったので説得力がない時もあったが。

「そんな時、一人の騎士が暗殺された。調べてみるとどうやらその騎士は、騎士鎧を使い、私利私欲に溺れ、様々な人間を使い捨てていたらしい。そのとき零という騎士の断罪者の存在が、噂から事実となったのだ」

「ええ、確かに零は騎士の道を踏み外した者を、断罪するのが役目と聞きました」

 今、浅蔵家にいる零もそう語っていたのだから、彼らの存在理由に間違いはないだろう。

「それから騎士たちは己の精神を押さえ、私利私欲に走らないようにしたが、どうしても限界があってな。人の欲に際限はない。そこで突破口を開いたのが当時の騎士団長でもあった金剛騎士浅蔵剛堅だった。浅蔵剛堅は騎士解放宣言と共に騎士を集め、団長しか知りえない零の里を襲撃し……里を全滅させた」

「父が、里を全滅……ですって?」

「ああ、零を全滅させる事で騎士を監視する者がいなくなる。そうすれば騎士鎧の力を私利私欲で使っても暗殺されることはなくなる」

 だがな、と比良坂は続けた。

「別の問題が発生したのだ。騎士の心喰化だ。力に溺れたものは騎士紋章のプログラムにより、騎士鎧に心を喰われる。それを防ぐ意味も零にはあったらしい。それで幾人かの騎士を亡くした」

「で、では貴方も……?」

 黄玉騎士から黒騎士へと変化してしまったのならば、何か理由があるはずだ。そう思い浅蔵は比良坂に聞いた。

「いや、私の場合は心が折れてしまって、騎士鎧に空いた心を心喰されてしまったためだ。私は悔いたのさ、零の里を滅ぼしたことをね」

 比良坂は何十年もあの日から悔いていたのだろう。その眼に光は無く、ただ辛く苦しい現実だけを見ている。

「あの時は団長の言葉を信じた。将来騎士になる者達の事を考え、私たちが罪を背負えばいいと考えていた。監視者が存在しなければ過ごしやすいと。だが違った。どんなに立派な人間も徐々に騎士鎧の力に溺れていった。そして私は団長――浅蔵剛堅に連絡を取ったのだよ。やはりあれは間違いだったと。零を殺すべきではなかったと。改めナイツオブアウェイクを招集し、あの時の生き残りの少年に謝罪に行こうと話を持ち掛けた」

 昂我は父親の過去の行いを聞く浅蔵を覗き見るが、表情に変化はない。

 顎に手を当て静かに話を聞いている。

「だがね、現実はもっと酷かった。剛堅は言ったよ、『他の騎士……? はて、それは誰だ?』とね」

「ま、まさか――」

 落ち着いていた浅蔵の目が大きく見開かれる。

「騎士は既に私以外が死に絶えていた。理由は分からない。騎士鎧に喰われたのかもしれないし、闇討ちにあったのかもしれない。はたまた自然死なのかもしれない。だがね、彼は他の騎士紋章の原石を持ちながら言ったよ。『残るは僕と君。それと紅玉を取り戻す事だ』とね」

 強く唇を噛みしめながら、比良坂は言葉を続ける。

「その時だ、僕はもう何も信じられなくなった。友人だけではない。自分の運命も何もかも。罪に対して何もできない無力な自分も、気が付いたら家を飛び出して街に出ていたよ。あとの事は知っての通りだ。私は騎士鎧に心喰され、君たちと初めて相対した」

 浅蔵は怒りを抑えているようだったが、父に対して怒っているのか、騎士の行いに対して怒っているのか、昂我から見て分からなかった。

「理由は分からないが団長は騎士紋章の原石を集めているようだったからね。それを阻止するために私は騎士鎧に飲み込まれた瞬間、紅玉騎士へ騎士紋章の欠片を託そうと、力を発したのだよ。そこの彼に防がれてしまったがね」

 と力なく笑った。

「騎士紋章のない、ただの人間が黄玉の欠片を受け取れば、体は徐々に侵食されていく。だが君はギリギリまで耐えてくれたようだ」

「だから赤槻昂我からも共振を感じたのか」

 合点がいったのか浅蔵が呟いた。

「ったく、すげー重たかったぜ。これは返還させて頂きたいよ」

「私としては君に受け継いで欲しいがね。誰かを守るために飛び出せるのは、そうそうできるものじゃない。それに私の命も、もうそろそろ消えてしまう。再び黄玉を受け取るほど体力は残っていない。後継者としては申し分ないと思うんだが」

「悪いが俺は受け取れない。騎士になりたくないわけじゃないんだ。でももしやと思ったが、これを見れば理解してくれるだろ?」

 そういって昂我は左前髪を書き上げ、比良坂に左目を見せる。比良坂は初め何のことか分からなかったが、合点がいったのか大きく目を見開く。

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