第42話 相変わらず真面目だねえ

  6


 全身が重い。

 昂我が目を覚ますと、そこは冷たい石造りの牢屋だった。

 ここまで時代錯誤な場所が今の時代にあるだろうか、考えを巡らせたが思い当たる場所はない。体は鎖に繋がれているわけではないが、当たり前のように牢屋には鍵が掛かっていて出られそうになかった。

(脇腹の傷も背中の傷も大分回復している、か)

 黒騎士ファントムに刺された脇腹を見ると、傷の後は残っているがもう痛みはない。零に大分深く切られた背中の痛みも消えている事から、予測は大分当たっていると見える。

(こりゃ、俺の身体もいよいよてっ感じだな。急がないといけない)

 足を前に出すだけでも億劫だ。全身に感じる圧力や重みは以前の比ではない。気合を入れなければ一歩踏み出すこともできない。強力なバネ仕込みの服を着ているような気持ちだ。

 人生楽に楽しくをモットーに生きてきた昂我にとって、この事態はあまり好ましいものではなくなってきた。

 ナイツオブアウェイクの騎士、金剛騎士浅蔵壬剣は昂我を黄玉騎士だと言い、その上、紅玉騎士の凛那=ナイトレイは行方不明。しかも何故か自称零騎士までもがこの四桜市にいる。

 これほどややこしい事はこの人生で初めて――いやハッキリと覚えていないだけで、幼少時を含めればこれで二度目らしい。

 出来る事ならこのまま地面に座っていたいもんだが、それは物語の終焉を意味する。黒幕しか笑えないアンハッピーエンドって奴だ。

(この話はそんなに単純じゃない)

 黒騎士化した黄玉騎士が暴れているだけだと思ったが、浅蔵が昂我を黄玉騎士として疑っていることが決定的な証拠だった。

(浅蔵は誰かに情報を与えられた。そしてその誰かはこの状況を望んでいる。新人騎士である浅蔵と凛那を使い、何らかの目的を果たそうとしているハズだ)

 しかしその狙いは昂我には分からなかった。

 まだ情報が出そろっていない。

 決定的な事実が必要だ。それさえあれば浅蔵を味方に引き込めるし、反撃の手段になる。身体の重さもここまでハッキリしていれば分かる。本体へと帰りたがっている事を。

 鍵はそれだ。

 間違いなく奴はここにいる。奴の口から浅蔵に説明できれば状況は好転する。

(問題はどうやって牢から出るかだが――)

 押しても引いてビクともしない。師匠との修行で燃え盛る家屋で縄抜け程度はした事はあるが、流石に牢破りや鍵外しまでは教えられていない。

(泣き言を言っても仕方ない。とにかく行動あるのみだ)

 出来る事からやっていく。それで駄目なら次の手段だ。

 昂我は腰を深く落とし、両手を前に、甲を重ね合わせる独特の構えで、息を深く吐き出す。全身の重さが普段の三倍以上はあるので、有効な打撃が可能かもしれない。

(無――)

 技を脳内で強くイメージしたとき、歩いてくる足音が響いた。

 浅蔵である。

 浅蔵は昂我がいる牢の前で立ち止まり、牢の隙間からあんパンを投げ入れた。

「よっと、サンキューな、浅蔵。丁度腹が減ってたんだよ、考えてみたら随分食べてねえや」

 勢いよくあんパンに噛り付くと、疲れた身体に糖分と炭水化物が吸収されていくのが分かる。

 三口ほどで食べ終わり、浅蔵はずっと黙って昂我を見つめていた。昂我とナイトレイ家の庭で対峙したとき、言われた事がずっと心の奥に引っかかっているのだろう。

 ――その騎士鎧、本物なのか?

 その疑問が拭えないからこそ、浅蔵壬剣はここ最近常に行動を共にする零が外出した隙に、赤槻昂我のところへやってきたのだ。

「赤槻――お前が黄玉騎士なのは、共振があることから明らかだ。しかし、腑に落ちない点もある。それを聞きに来た」

「相変わらず真面目だねえ」

 昂我はにへらと笑う。

「真実を明かすためだ。――お前の目的は何だ。それとも目的などなくて、ただ心が暴走しているだけなのか、人類の脅威になりたいだけなのか?」

 浅蔵はいつになく真面目だ。それが良いとこでもあり悪いとこでもある。そのおかげで昂我が言い放った言葉が胸に疑心を生んでくれたようだった。

「前提として俺は黄玉騎士じゃない。今ならテンションも下がって話を聞いてくれるだろう?」

「ならば騎士紋章が感じるこの共振は何だ」

「それは多分――それこそ口で言っても信じてもらえなさそうだだしな。お前真面目だし」

 痛いところを突かれたのか、浅蔵が小さく呻く。真面目なことを少し気にしているのだろう。

「騎士鎧同士は共振するだろう? 試したい事があるんだ。俺をここから出してくれよ。そうすれば、多分、話は変わるはずだぜ?」

 浅蔵は一瞬考え込んだあと、制服のポケットから鍵を出す。昂我に襲われる可能性も考慮してか、ダイヤモンド・サーチャーを展開するのも忘れない。

「妙な動きをすれば、刺す」

「おお、怖い怖い」

 はははと笑いながら、冷たい牢屋を後にする。

(さて、俺の感覚ならこっちだが……)

「おい、どこに向かう気だ。ここの出入り口はこっちだぞ」

 浅蔵の指摘通り、昂我が歩き出した方向は監獄の出口とは正反対の方向だった。昂我が入っていた牢屋は、白熱電球が心もとなく周囲を照らしてくれていたが、これより奥は光の届かない暗黒の世界だ。

「大丈夫、大丈夫。浅蔵もこっち来いって」

「闇討ちするならば、すぐさま刺す」

「んな、気はねーよ。俺は浅蔵に敵意はこれっぽっちもない」

 二人は歩きだしながら会話を続ける。

「対峙した時だって本気だったけど、殺し合いというよりは『稽古』に近い感覚だったんだ。だから浅蔵に危害を加えるつもりはない」

「その割に鋭い拳だったがな」

「本気じゃなければ伝わらない思いもあるさ」

 昂我の軽い言い訳に浅蔵は再び押し黙り、

「そういえばお前、こんな暗闇で道は見えるのか?」

 と言った。浅蔵は暗闇を解析しているダイヤモンド・サーチャーの目と同期しているので、暗闇の中にいても暗視スコープを覗いているように、周囲のものが手に取るように分かる。

「夜目は利く方なんでな」

「……お前は一体何者なんだ。ダイヤモンド・サーチャー以外の騎士でもこんな光もない地下の暗闇を歩くことは出来ないぞ。そういえば黒騎士犯行現場でトパーズの結晶を見つけた時も異様な視力をしていたな……」

「子供の頃に叩き込まれりゃ慣れるって――お、こっちを右だな」

 初めて歩く地下だが、昂我は感覚を頼りに監獄の奥へ奥へと進んでいく。

 そして辿り着いた先は――。

「あり、行き止まり?」

 しかし感じる共振はこの先だ。

「浅蔵、この監獄は回らなければ行けないとこもあるのか?」

「俺も詳しくは知らないが、見取り図を見たときは、碁盤の目のような感じだったな」

「じゃ逆か……」

「逆? 戻るのか」

「いや、ここに壁があるのは不自然ってこと――さっ!」

 思い切り昂我が拳を叩きつけると、ふんわりとした感触が拳に触れ、次の瞬間に光の塵となって壁が消滅した。

「な、なんだと」

「俺の考え通りなら、この先にいるのはもっと驚くべき人物だぜ」

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