第41話 いや、正論はやはり正論だよ

 白銀騎士はうつむいたまま何も言わず、腰に宝石剣を収める。

(良かった、分かってくれた)

 これであの子は殺されないですむ。凛那の現実ではないとはいえ、見ているとハラハラするものがったが、子供が助かったようでほっと胸を撫で下ろす。

 黄玉騎士も同じように安堵し、騎士鎧の展開を解く。気絶している子供を一瞥してから、仲間の方に笑顔で駆け寄る。

「これでいいさ、ミッションコンプリートってな。帰って酒でも飲もうぜ」

 他の騎士たちも緊張が解けたのか、次々と騎士鎧を解除していく。

 ――ただ一人、白銀騎士を除いては。


「いや、正論はやはり正論だよ」


 男の子に近寄っていた凛那には見えていただろう。団長が笑いを堪えているのが。

「正しい事は常に正しい、それが多くのものの答えならば、尚更だ」

 傷ついた左腕を天へと振り上げる。それと同時に白銀の騎士鎧がバラバラになり全方位に弾け飛び――巻き戻し映像を見ているように、団長の背中で騎士鎧だけが再構築された。

「騎士を殺す力を持っている零の民を全て殺す。今こそ、作戦終了というのだよ、誠司」

 くくくと口元から零れる笑いを押さえながら、両手を広げて天を仰ぐ。

 別構築された白銀騎士は騎士から離れ、独立稼動しながら腰の剣を大きく振り上げる。

 男の子はやっと気が付いたのか目を開く。しかし避けるほどの時間はない。

 凛那は咄嗟に走り出していた。

 たとえ干渉できない世界でも、体が勝手に動き出していた。

 男の子と白銀騎士の間に滑り込むように割り込む。

 宝石剣が振り下ろされる、男の子の頭頂部目がけて。

「お願い、お願いだから、今だけはこの空間すら貫いて――!」

 左肩が熱い。これまでこれ程までに熱を持った事があっただろうか。服が焼き切れ、肉が裂け、骨が絶たれ、凛那自身が焼かれてしまいそうなほどに熱い。それでも凛那は己の深層に深く手を伸ばし、ルビー・エスクワイアの名を叫ぶ。

 今だけは、今だけは、最大限の力を貸して――と。

「なに……!」

「ルビー・エスクワイア……!」

 真っ赤な閃光から生まれたのは騎士鎧ではない、いつも彼女が持っている槍、《月をも貫く槍》が手の中に生まれた。凛那は大声を上げながら力一杯、白銀騎士が振り下ろした剣めがけて、槍をがむしゃらに振り上げる。

 刃の部分は振り上げられた力で原石が削れていく。生まれたのは深紅に輝く研ぎ澄まされた槍先。ナイツオブアウェイクの旗はもうない。

 剣と槍が触れた瞬間、音も何も発生しなかった。

 全てはスローモーションに見え、一瞬だけ時間が止まり、凛那は後方に弾き飛ばされる。剣による力ではない、多分、次元を超えたから反動が返ってきたのだ。

 その結果が、ほら、そこにある。

 剣先は男の子の脳天を外れ、左目を剣先が掠るが致命傷は免れたようだ。

「……外した、だと?」

 白銀騎士は自分が狙いを外したことに驚愕し、泣きもせずに左目を押さえている男の子を睨んだ。

「ちっ……興が削がれた」

 白銀騎士は男の子と私に背中を向けて、騎士たちの方へと歩く。

 それと同時に白銀の騎士鎧は空気に溶けるように消えていった。

「まあ、いい。眼は奪った。これでお前はただの人だ。それだけで良しとしてやる」

 男はいつの間にか右手に血だらけの右目を持っており、無言の騎士たちとこの場を去った。

 騎士たちが去ってからも、男の子はその場に立ち尽くしていた。

 無くなった左目を手で塞ぎながら、村の様子を眺める。

 凛那はその様子を見ながら、男の子の隣に座った。

 あの時見た映像はこれだったのかもしれない。

 初めて昂我が凛那の前に飛び出してきてくれたとき。

 再び黒騎士と対峙し、助けに割り込んできたとき。

 凛那が飛び出したこの映像をルビー・エスクワイアを通して、知っていたのかもしれない。

 この男の子はきっと、これから、様々な思いを知っていくのだろう。

 そう思いながら、私はただ男の子に寄り添った。

 生きている人はいない。生活するべき場所もない。

 けれど時間が経てば、いずれ、君は大丈夫だと思う。

「人生、思ったより、捨てたもんじゃないよ、きっと」

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