第40話 『誰が見ても正しい事が、俺らにとって正しいとは限らない』
動かない父親を前に凛那はずっと若い父親を見つめている。
(お父さんも私と同じように騎士紋章に悩み、苦しんでいたんだ。騎士としての運命に翻弄されてたんだ……私だけが苦しんでいたんじゃないんだ……)
「え?」
仁がまとう騎士鎧が凛那を視界に捉えた。その赤い兜のデザインは槍の騎士のルビー・エスクワイアとは若干違い、女神のような神々しい羽飾りが随所に施されている。見習い騎士のエスクワイアよりもずっと貫禄がある。
騎士鎧の異変を感じたのか左肩を押さえて、仁は辺りを見渡した。
「どうしたルビー・アストレア?」
もちろん凛那の姿は見えていないようだ。
ルビー・アストレアと呼ばれた騎士鎧は凛那に手を伸ばし、肩に触れる。
『凛那ですね』
「ひゃっ」
突然話しかけられて変な悲鳴を上げてしまう。まさか騎士鎧が語り掛けてくるとは夢にも思わなかった。
「は、初めまして」
ぺこりと頭を下げて相手を見ると、ルビー・アストレアは優しく頭を撫でてくれた。
甲冑で撫でられるとゴワゴワするかと思ったが、思いのほか優しく撫でられ本当の女神のようである。
『迷い込んでしまったのですね』
「わ、分かるのですか」
『私たちに時間や空間の概念はありません。いずれ私は仁と共に消滅し、貴女の新しい鎧へと生まれ変わるのも理解しています』
他の騎士に移ると騎士鎧も新生するのだろう。私のルビー・エスクワイアが彼女と同じだと思うと不思議な感じがする。
「あの、私はどうやったらここから帰れるのでしょう……」
『もうすぐです』
「もうすぐ?」
『ええ、別の時間を確認すれば凛那の姿はないですから』
「時間を、確認?」
『私たちは道を歩くように未来を歩き、家に帰るように過去を進む存在です』
どういう意味だろうと凛那は首を捻るが、「話がそれましたね」とルビー・アストレアは言葉を続ける。
『凛那がここに迷い込んだことにも意味があるのでしょう、この世に偶然は極僅かですから。だから動くべき意思を感じたなら動きなさい。貴女ならきっと、先を変えられるはずです』
「行くぞ、ルビー・アストレア」
歩きだしたが何故か付いてこない騎士鎧を不思議そうに眺めて、父親はため息をついた。
「こんな事は無かったんだがな……騎士鎧の扱いってのはよく分からない」
『それではお別れです凛那。またすぐにお会いしましょう』
ルビー・アストレアは丁寧にお辞儀をして、仁の中に溶け込んでいった。
仁はやれやれと頭をかきながら、歩き出そうとし、くるりとこちらを振り向く。
凛那と目が合ったが、見えていないのは間違いないようだ。
「お父さん。お父さんも悩んだんだね。悩んで、騎士としての道を歩いてたんだね」
聞こえていないと思いつつも、凛那は思いを語りかけた。
自分だけが悩んでいたと思っていた。
三百年も騎士の任務は無かったのに、なぜ私が黒騎士との戦いに巻き込まれたのかと悩んだ時もあった。騎士紋章の原石なんて見つけなければ良かったと思う日もあった。けど父親も同じように葛藤していたのだ。自分が背負うべき現実と。
そう思うだけで少し心が軽くなった気がした。
「凛那、大丈夫だ」
語り掛けられ心臓が大きく跳ね上がる。
(わ、私の姿が見えた――!)
そう考えたが仁はその後、特に何もなくその場を立ち去る。もしかしたら父親自信が自分を激励するために呟いた言葉なのかもしれない。
悩みながら進む背中が見えなくなったとき、近くの焼け落ちた大きな屋敷から、大気を揺らすほどの爆音が聞こえた。
振動により、燃え盛る炎は揺れ、周囲の建物は崩れ落ちる。
凛那は急いで爆音が響いた武家屋敷へと向かう。
武家屋敷の屋根は崩れ落ち、何か巨大な剣で斬られたように真っ二つに裂けている。
眼前には、先ほどの白銀騎士が左腕から血を流して、苦しげに立っている姿が見えた。白銀鎧の左小手は粉々に破壊されており、一部だとしても騎士鎧が粉々に砕けている場面を凛那は初めて目撃した。
「こ、小童風情があああ――!」
兜の面を落としたままなので、形相は把握できないが激怒しているのは明らかだ。白銀騎士の向かいに立つのは、黄色の騎士鎧をまとった男性と男性が首を絞めて拘束している少年だ。黄色騎士の服装はミリタリー柄のものを着用しており、年齢は四十代に見える。
拘束されているのは少年というにも若すぎる。四、五歳程度の男の子だ。彼は幼いにも関わらず大きく声を上げるでもなく、苦しそうな表情を出す事もなく、首を絞められていても無心である。
無心であるが、ひときわ目を引くのはその左目だろう。瞳孔には青い炎を宿し、野生動物の様に細く輝いている。捕まってはいるが小さいながらも、獲物を狩る狼のような雰囲気がある。
「団長! 大丈夫ですかい」
首を絞めたまま、黄色の騎士は白銀騎士に対して声を上げる。
「ああ、腕の代償、払ってもらわなくてはな、私の疑似強制活動モードすら貫通するとは」
疑似強制活動モード――凛那や浅蔵とは違い、鎧を直接身に着けて戦う能力の事だろうか。どれ程のものかは見ていないが、他の騎士たちは自信の周囲に鎧を展開しているだけのところを見ると、疑似強制活動モードを扱えるのは彼だけなのだろう。
「まだ年端もいかぬ子供に零の全てを委ねたか。奴らは反乱しなかったのではない……ははは、そうか反乱できなかったのか。奴等らしい。ここで朽ち果てようともこの子供が生き延びれば、技術は受け継がれていくと考えたのか……くくく、だが、甘かったな。誰が子供に手を上げないといった?」
白銀騎士は腰から剣を引き抜く、夏の日差しに反射して宝石の刀身がキラキラと辺りを不自然に照らす。
「団長、流石に――俺はもういいと思います」
子供の首を絞めたままの黄色騎士が、今にも切りかかりそうな団長に語りかける。
「任務は成功です。里を壊滅させ、住処も人もいない。こいつは騎士鎧すら断つ《短刀紙切り》も折れ、何も出来やしませんよ。零眼だって扱えてやしない。このまま気絶させて、後は生きるなり死ぬなり、自分で決めさせればいい」
「誠司、それは完璧な仕事とは言えないな。最後まで手を抜かず完璧にやり遂げるのが騎士だ。それでも黄玉の騎士紋章を持つ者か?」
(黄玉……ってたしかトパーズのこと?)
黄玉騎士は騎士鎧を展開したまま、白銀騎士を睨みつけた。
「ええ、俺はこれでも黄玉騎士です。だがね、やっぱり駄目だ。これ以上は」
子供がついに意識を失ったので、手を放して立ち上がる。
少年はぐったりと地面に横たえられた。
黄玉騎士は折れた短刀を拾い、構える。
短刀の見た目に派手なところはなく、剣先は折れていて殺傷能力はほとんどないだろう。
「団長は常に正しい。どんな物事も先を見据えて行動し、その場では間違っていると思える事でも、最終的には全て正しかった。だから俺達は騎士鎧を使用することもなく、普段の生活の中で最小限の活動で脅威を免れてきた。人間の力だけで人間を守ってこれた。それは俺にとって誇りだったよ」
凛那は黄玉騎士の服装と体格の良さから、自衛官をイメージする。きっと騎士の力を使わずに多くの人を助けてきた人物なのだろう。人が人の力の範疇で助ける事ができるならば、こんな過剰な力に頼らなくていいならば、それが良いような気がした。
過剰すぎる力は扱い方を間違うだけで誰かが傷ついたり、心に迷いが生まれる。
「こんな化物みたいな力を使わずに自衛できるならそれに越したことはねえ。己の力を信じて、己の力で守れるからこそ、自分自身を信用できる。だから俺は俺の道を信用できたし、団長が語ることも全て信じ、実行してきた。けどな、これは違う。やっぱ違うよ、団長」
黄玉騎士の言葉を聞いてか白銀騎士は宝石剣の構えを解く。
「正しい事は確かに正しい。正しい物事は誰が見ても正しい。けどさあ、俺は頭良くねえからあんま分かんねえけど――『誰が見ても正しい事が、俺らにとって正しいとは限らない』。この子を殺して、その先に行っちまったら、もうナイツオブアウェイクじゃねえ、そうじゃねえか?」
構えを解いた団長を見て、黄玉騎士も構えていた短刀を下ろす。
やっと騒ぎを聞きつけたのか、焼け落ちた屋敷の前に他の騎士たちも到着した。赤、青、紫、黒、他にも様々な色の騎士鎧を展開している者たちが集まり、十二人がこの場に揃った。
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