第38話 赤槻昂我、僕は貴様のような人間が嫌いだ
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「赤槻昂我、僕は貴様のような人間が嫌いだ」
浅蔵の目は真っ直ぐに昂我を見つめ、背中には夕陽を庇うように、ダイヤモンド・サーチャーを展開している。
「いつもへらへらして、他人の事を知ったような口ぶりで無責任な言葉で期待を持たせる。そうやってこれまで何人の友人を騙してきた」
「俺は……確かに無責任な言葉をよく言うかもしれない」
落ち込んだ凛那に不確定要素のある、無責任な励ましの言葉を送っていたのは事実だ。本当に訪れるか分からないのに、人生捨てたもんじゃないと思わせようとし、もしできなかった時の事を考えてなかった。
期待だけを持たせ、期待が裏切られたときのことまで考えていなかった。
「けど騙す気はなかった。どんなに悲しい出来事があっても、踏み出さなければそこから抜け出すことはできない。だから俺は――」
喉元に刀身の形もしっかりと認識できない剣先を突き付けられたまま、壬剣を見つめる。
「知ったような口を!」
昂我の声をかき消す浅蔵の一喝が、雪降る夜に響き渡る。
「綺麗事ばかり並べても、僕の意志は揺るがない」
ダイヤモンド・サーチャーの光り輝く剣――光剣を浅蔵は胸の前で握りしめる。その姿は中世の騎士が祈りをささげる様な素振りだった。
「黄玉騎士赤槻昂我、剣を抜け、これ以上の言葉は無意味。この騎士の共振、不快すら覚える」
「今は何を言っても無駄なんだろう」
浅蔵壬剣という男と過ごした時間は、けして多くはない。しかし数日、彼と一緒にいただけでも分かる。彼は普段の生活でも責任感が強く、多くの人を気にかけ、人々を率いてく上で必要なものを持っている人物だと思う。
金剛騎士としてもその意思はダイヤモンド同様に硬い。
けして揺らぐことのない永遠の光だ。
だからこそ言葉ではなく、己の意志を乗せた拳でなければ伝わらない。伝えきれない。
昂我は両腕のパーカーの袖をめくり、息を鼻から深く吸い、口から吐ききれなくなるまでしっかりと出す。
腰を深く落として重心を安定させ、右手を前に出し、左手を右手の下に添える独特な構え。
「素手だと……?」
浅蔵が戸惑いの声をあげる。ファントムに刺された左脇腹が痛むが意識を失うほどじゃない。
男の本気ってのは、出すべき時しか出してはいけない。それ以外は全部適当にやっておけばいい。師匠はそんなことを言って、いつも適当に過ごし、飯の準備は全部昂我にやらせていた。
(今こそ、男が本気になる時だよな――師匠)
身体は何かに憑りつかれているように相変わらず重いが、泣き言は無しだ。
「浅蔵、俺は確かに隠し事をしてきた。すまないと思ってる。けどここだけは選択を間違っちゃダメなんだ」
浅蔵は答えない。右手に剣を構え、左手に己を覆うほどの巨大な光の盾を構える。
「善悪の境界線なんてありゃしないが、せめて多くの人が笑える話を目指したい」
「信頼を弄んでおいて、よく言う!」
ダイヤモンド・サーチャーを纏った浅蔵が、昂我に一瞬にして迫る。
「金剛騎士、浅蔵壬剣、団長として、貴様の過ちを叩き斬らせてもらう!」
昂我自身、今拳を交えるのが最善か分からない。だが、思いを伝えるにはこれしかない。
「――赤槻昂我、いざ、参る」
浅蔵の剣筋は彼の性格をよく表している。
猪突猛進とまではいかないが、迷いのない実直な太刀筋だ。刀身は光に包まれており、ハッキリとした長さが分からないので、下手に踏み込むことができない。
隙を見て左手からのジャブを打ち込むと、浅蔵はすかさず盾で一撃をガードし、金属音が弾ける。明らかに昂我のスピードが足りていない。これは日頃から感じる体の重さのせいか。
これではダイヤモンド・サーチャーの盾を突破することはできない。
浅蔵は時には大降りに横に剣を凪、時にはレイピアの様に突きを繰り出すが、足の運びと視線を確認している昂我からすれば避けられない代物ではない。
「貴様、妙な動きをする――!」
ダイヤモンド・サーチャーの動きは浅蔵の動きそのもの。一般的な高校生の動きにしては大分、実戦向きな――そう、何らかの覚悟や意志が乗っている太刀筋だと思う。
「空手、太極拳、少林寺、合気道……そのどれにも当てはまらない。お前は一体なんなんだ」
対する昂我の動きは野生の獣のそれに近い。
敵をじっと見据えたまま、無駄な動きを省き、確実に打撃だけを入れる。獲物が弱るのを待つようにじわじわと攻める。
「まるで野犬か狼か……!」
苛立ちを含んだ声が剣を鈍らせる。
「浅蔵、あんたは強い。今もダイヤモンド・サーチャーは俺を分析できないんだろう? それでその動きなら世界レベルだぜ」
「剣を交えて確信する。やはり貴様はただの学生ではない――。ただの学生の動きならば、それならば、まだ希望はあったが……!」
剣を向けてきても尚、自分を一瞬でもただの学生であれ、と祈ってくれたことに感謝する。
動けば動くほど体は温まっていくが、心が芯から冷えていくのが分かる。
打撃を入れれば入れるほど、拳に熱がこもり、心は徐々に欠けていく。
いかんいかんと頭を軽く振り、理性を保つ。
自身をしっかりとイメージし、自我を固定する。
(そうこんな時こそ、相手を弄りながら軽快なトークでも入れるのが、普段の赤槻昂我だろう)
「今だから聞きたいんだがな、いや、失礼に値するから聞かなかったが――」
後方に跳躍し、ダイヤモンド・サーチャーと距離を取る。
あんなに硬い盾に打撃を入れているのに、己の拳は血が滲んでいる節がない。これはいよいよ、この体に起きている現象を疑わなければいけない。
(もう大分予想はついているが、な)
「その騎士鎧、本物なのか?」
言ってしまってから、「あ、攻めすぎたか」と昂我は反省した。
拳を交えているせいか、つい考えたことをそのまま口にしてしまったのだ。
「何を戯けたことを!」
流石の昂我の物言いに、浅蔵も全力で仕掛けてきそうなほど激昂する。
(そりゃそうだ、敵の騎士にこんなことを言われちゃ、火に油を注ぐ様なもんだ。俺でもそうする)
「だってそうだろ。考えてみろよ、浅蔵。ダイヤモンド・サーチャーの能力は全てを見通す能力だ。状況やその人間の状態を確認できる」
(――口が滑ったのは間違いだが、この賭け悪くないかもしれない)
まだ状況の全貌は掴めないが浅蔵の輝きを鈍らせている何かを、この問いは払拭できる糸口になるかもしれない。
「しかしだ。騎士鎧だぞ? 現代兵器を全て無効化し、これまで人類の脅威を防いできた武装。それがこんなもののハズがないだろう?」
「こんなもの――だと」
浅蔵の怒りが徐々に上がって行くのが、手に取るように分かる。
「これまできっとどんな魔術も秘術も化物も倒してきたんだろうさ。だが騎士団長でもあるダイヤモンド・サーチャーは本当にそれだけなのかと言ってるんだよ。それじゃ、ヒーローじゃなくて、物語の序盤で死んじまう脇役以下だぜ?」
力を手にしたばかりの新人騎士だからといって、それほどまでに能力は扱えないものなのか、先代のレクチャーがなければ満足に動かせない代物なのか、いや多分そうじゃない。
騎士同士はお互いの能力を無効化するならば、ダイヤモンド・サーチャーの能力では相手の情報は探れない。だから黒騎士と化した黄玉騎士相手に力を発揮できなかった。
だが、そうじゃないだろう?
「全てを知る事ができるならば、黒騎士本人じゃなく、次の行動に移る視線、身体の動きから生まれる空気の変動、予測される未来、それら外的要因を見れたはずだ。だがそれすら見えないなんて、感度の低い探知機じゃないか」
相手の痛いところを突くのはあまり赤槻昂我らしくないが、この場合は致し方ない。
昂我の言葉を聞き、浅蔵は静かに盾を捨てた。盾は光の粒子となって粉雪の中に消える。
両手剣を両手で握り、左足を後ろへとずらし、剣道でよく見る正眼の構えへと移行した。
「僕が父の想いと共に受け継いだ金剛の紋章、これまでの金剛保持者すら侮辱する言葉だ」
正眼に構えたまま昂我へと突進してくる。
だが昂我は引かず、身を低く落とす。
浅蔵が剣を振り上げ、面――頭頂部を狙って振り下ろした時、昂我の全身は一気に熱が抜けて氷のように冷たくなった。
「――流、鷹落爪」
振り下ろされる光剣に対し、身を捻じって避け、カウンターの一撃としてダイヤモンド・サーチャーの顎を狙い、全身のバネの力で掌底を突き上げる。
(完全に捉えた)
浅蔵には悪いが手加減していても骨の一つや二つ、やってしまうかもしれない。
だがそこはさすが騎士鎧保持者。
意識が体よりも早く動いたのか、昂我の右拳と兜の間に巨大な光の盾を構築した。
「ぐっ!」
拳と盾がぶつかり、銅鑼のような鈍い音が鼓膜を揺らす。光盾はそのまま上空へと打ち上げられ、光となって消えた。ダイヤモンド・サーチャーと浅蔵は無理やり身をよじり、雪原へと背中から倒れた。
「いってて、つまり、そういうこった」
昂我は振動で痺れた腕をぶらぶらと揺らしながら、膝をついた浅蔵を見下ろす。
「騎士の攻撃と現代兵器を無効化するのに、何故俺の拳を防いでるのか? 俺が騎士だとしても同じ騎士の攻撃はほぼ無効化され、俺がただの人間だったとしても、この拳の攻撃なんて傷一つつかないだろう?」
浅蔵は何も言わず見上げてくる。その瞳に悔しさや怒りの感情は見えない。
あるのは戸惑いのように感じられる。
「つまり浅蔵は――ダイヤモンド・サーチャーすらも、俺の攻撃でダメージを受けると直感してるんだろ? それはつまりその鎧が、あっ」
な、に――。
背後から縦一文字に背中を斬られ、昂我は地面に前のめりに倒れた。振り返るにもあまりの痛さに身動きする事すらできない。左脇腹なんかよりずっと痛い。
ワザと致命傷を避けたのか、そのせいでまだ意識は残っている。
「零――」
血を流しながら痙攣している昂我の近くで浅蔵が立ち上がった気配を感じる。
「止めを刺されるかと思い、手を出してしまった」
「いや……助かったよ」
(零だと。あの野郎がまだいたのか――何故、浅蔵と行動を共にしている……)
血を流しすぎたせいか意識は徐々に薄れ、全身が熱した棒をあてられているように熱い。
土と雪に顔を汚しながら、何とか見上げようとすると、零は俺の頭を片手で掴み持ち上げた。
零は昂我の前髪をかき上げ、左目がない事をつまらなそうに見て、脇腹に一撃を見舞った。
遠くで夕陽が口元を押さえて悲鳴を上げるのを確認したのが、最後の記憶だった。
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