第37話 行こう、零

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 時は数時間に遡る。

 父親――浅蔵剛堅の書斎で壬剣と剛堅、そして白銀鎧の人物『零』が今後について話し合っていた。剛堅と壬剣は向かい合いながらソファーに座り、書斎の入り口の脇で壁に背を預けているのが零である。

 壬剣は黒騎士討伐を凛那達から聞き、これで日常生活に戻れると安堵していたが、ある日、剛堅に呼び出された。

 そして今、零を紹介されたのだ。

 零は感情のない人形のような人物だった。全身を輝くような白銀鎧に身を包み、絶対に兜を外そうとしなかった。声も反響していて中性的な声で性別すら分からない。

「この人が『断罪者・零騎士』……」

 零は一度壬剣を見るように首を動かし、再び腕を組んで押し黙った。

「金剛の騎士紋章を受け継いだ今だからこそ、伝えるべきだったな」

 剛堅は胸ポケットから煙草を取り出し、火を点けて深く吸う。

「まずこうなってしまったのは私のミスだ、世話をかけたな壬剣」

 剛堅は申し訳なさそうに深々と頭を下げる。

 想像だにしていなかった行動に壬剣は慌てて、気にしないで欲しいと伝えた。

「事件が起きると分かっていれば、もう少し身の振り方を伝えたんだがな」

「いえ、今回は大きな怪我人は出ていない。だから気にしないでください」

 やっと父親というものに対して、反抗していた心が氷解してきたというのに、いざこうやって面と向かって話すとなんだか照れくさい気がしてならない。

「そう言ってくれると助かる。早速だがまずは彼について話そう。空想上の断罪者と考えられていた零だが、事実こうして存在する。それを知るのは騎士団長である金剛騎士のみだ。零は道を踏み外した騎士を、断罪する力に特化した騎士だ。そのため他の騎士に存在を悟られてしまっては警戒されてしまう。故に噂に留められ、騎士団長の命により、行動するのだ」

「騎士団長の命により……ですか?」

「そうだ。金剛騎士と零は切っても切れない関係にある。騎士紋章のような強制権ではない。過去からのお互いの信頼の上に成り立つ、契約のようなものだ。それを壬剣に受け継ぐ」

 今まで黙っていた零が父親の言葉を拾う。

「私たちは元々、『零』の力を守護する集落で暮らしていた」

「力――騎士紋章や騎士鎧のようなものか?」

「そう。けれど身にまとう鎧と違って、肉体強化とみるべき。人知を超えた力が体の部位に宿っているのが零」

「部位か、なるほど……鎧に宿っているか、肉体に宿っているかの違い……か」

「そうとも言える。けど私たち零は騎士とは次元が違う能力。だから騎士を断罪できる。それに騎士紋章のような絶対命令の縛りもない」

「騎士紋章の命令を裏切れば、僕たちは鎧に取り込まれ強制活動モードへと至り死んでしまう、それがないということですか」

 壬剣の問いに剛堅が二本目の煙草を吸いながら補足を入れる。

「その代償に彼等には人間らしい感情は皆無だ。騎士紋章は意志の力を強く表す。人間の意志が全てを動かし変化をもたらす。それがコンセプトとなり作られている。だが意志の力は不安定だ、自己の欲求に走る場合もあり、出力も安定しない。だが騎士を討つための零は、騎士を超える力を常に発揮しなくてはならない。そのため生まれたころから人間の意志を殺している、そう育てられる。そうすることで危機的状況による瞬間的な爆発力は無いが、安定した能力を維持できる」

(だからロボットと話しているような気分なのか)

 壬剣は一人合点がいき、頷く。

「まあ、社会に溶け込むために、それらしい振舞い方をすることはあるがな」

「父さん。集落や彼らと聞くと、まるで零は一人ではないような言い方ですが」

「ああ、そうだ、零は複数いた。外界と接触を断っている集落があってな、電気も繋がる道もない。零の集落は人が石器を扱っていた時代から変わっていない。だが不思議な事に原始時代には、もうある程度の文明を築いていた。そうだな……大正時代程度だろう」

「そんな事があるのですか?」

「本来ならありえない」

 剛堅は問いにすぐさま否定する。

 だがと付け加え、にやりと笑う。

「面白い事にそこだけ次元が歪んでる。騎士になると多重平面世界から騎士紋章が力を得ているせいか、感覚的に理解できてしまう。その集落だけ、本来ならば存在する第零次元から無量対数次元までが存在せず、『そこにあるだけの一つの世界』として存在していたのさ。それ故、零の民はどの時代の文明や科学、魔術も理解する事ができたし、そこに好きに文明を築くこともできた」

「だが私たちは、自然と共に暮らすことが一番だと感じていた。だからそのまま」

 どんな行き過ぎた文明よりも、零の民は自然の中に穏やかな生活を見つけたという。壬剣には何とも理解しがたい話だった。科学やそれに相当する技術があれば、それだけ多くの利益をもたらすだろうに。

「彼らは物質文明よりも精神文明を好んだ。彼らは感情を殺して生きていく種族だが、気持ちや目に見えないものを大切にしていた。手に入らないからこそだろう。彼らとの契約内容はこうだ。騎士団長は彼らの友人となり、金剛騎士は零の永遠の友人ということ。そして彼らはその代わりに金剛騎士の手助けをしてくれるというわけだ」

「それはつまり……ただ話し相手のような者になることで、彼らに騎士討伐命令を下せるようになったと……? 馬鹿げている。価値に差がありすぎる」

「そうでもない。彼らはそれほどまでに友人を欲していた。零の民は少数であり、外部から訪れる人間もいない、故に孤独だ。唯一接触できるのは騎士団長のみなのさ。だから永遠の友人を得て大いに嬉しかったのだろう。感情は殺していても湧き上がるものだからな」

「これが僕に継がせたいもの、ですか」

「そうだ。騎士団長として金剛所持者として壬剣には、零とうまく協力してほしい」

「そういうことですか、分かりました」

 壬剣はソファーから立ち上がり、零の前で手を差し出す。

「よろしく、零」

 すると零は兜をこちらに向ける。どこから外を見ているのか分からないが、差し出した手を握り返してくれた。二人が手を結ぶ姿を見て剛堅が拍手をする。

「ここに新しいチームが結成された。私としても肩の荷がやっと下りた気分だ」

 剛堅は立ち上がり、眼鏡を中指で調整しながら言う。

「それでは新しい任務だ。いや、継続した任務というべきかな」

 新しい任務? 黒騎士討伐はこの零が済ませたはずだ。

 何とも不穏な気配を壬剣は感じてしまう。

「私は零としての掟を破りつつも、個人的に行動している。感情を殺しきれなかった」

「ああ、零がそういうのももっともだ」

 大げさに目元を押さえて剛堅が零と並ぶ。

「私も実に悲しい。零がここにいる理由は、先ほど話した零の集落が、ある騎士によって滅ぼされたからだ」

「ある騎士……それはもしや」

「ああ、そうだ。彼は騎士というシステムに恨みを持っていたからね。人知を超える力を有しているにも関わらず、何故好きにこの力を使えないのか、とね。己が騎士鎧の力を自由に使うために私を騙し、零の情報を聞き出し、集落を破壊した。私も応戦したが、彼らを守れなかった」

 父親がスーツの袖をまくると、左腕に酷い傷跡が残っている。これがその戦いで付いた傷なのだろう。もう治ることはないのか、縫われた跡が痛々しい。

「だがここに唯一、生き残りの零がいた。彼は黄玉騎士を追ってここまで来た」

「それで父さんも一緒に黒騎士を追っていたのですか」

「そうさ、彼一人ではこの町の事は分からない」

 だから書斎に騎士に関する文献が置かれていたのだろう。騎士紋章を壬剣に受け渡しても、忙しそうにしていたのはこれが理由だったのだろう。

「ですが黒騎士はもういないはずでは?」

「いや、私も甘かった。零が捕まえてきた方は黄玉騎士の被害者。黒騎士の精神支配により、言語や身体の自由さえ奪われ傀儡となった人間の末路だ」

「な、なんですって。では本体は――」

「黄玉騎士は《強固なる意思》という絶対防御を持っている。それは物理的に硬いだけではなく、老いや病気とも無縁のものだ。それは騎士鎧を展開せずとも常に効果を発揮し、若さを保つことができる」

「では、年齢的な見た目では判断つかないということですか」

「ああ、しかも騎士は《聖域》にて現代兵器や騎士同士の能力を無効化する。だが逆に考えるのだ。見えないものが本物だと。私たち金剛騎士は常に全てを見通す者だ。私たちに見えないもの、それは、なんだ?」

 見えないモノが本物――それはダイヤモンド・サーチャーでも認識できないもの……騎士同志は《聖域》によって理解できない。騎士同士は近くにいると共振が発生するが、壬剣の近くには常に凛那がいたから別の共振が発生しても気が付かない。

「……まさか、そんな、ありえない」

 だが確かに、奴に騎士紋章が反応していたのは事実。

「そうだ、そのまさかだ」

 父さんは悲しそうな目で僕の肩を叩いた。

「力に溺れた愉快犯ほど、同じ舞台上で物事を観戦したいだろう。壬剣、悲しいのは分かる。だが私も友人であった零の民を殺され、そして信頼していた友――今の黒騎士にすら裏切られたのだ。真実を知る私を殺しに奴はこの町を徘徊し、騎士の関係者すら皆殺しにする気だ。自分自身を鎧に飲み込ませ、被害者を装っているが、違う」

「ですが、あいつは、あの男は」

 他人を助けるために身を呈し、壬剣や凛那を励ましてきた男だ。それが芝居だとは――。

「現実は常に甘美なものだ、壬剣。剣を握る者として何が正しいのか、判断を見誤るな。心がざわつけばそこに付け込まれ、多くのものが死ぬ」

「何故……何故だ」

 彼の身体能力や特殊な環境でも落ち着いた態度、確かに腑に落ちない点は多かった。だが、そういう男だと勝手に理解していた。それらも全て計算の上だったのか。

「黄玉騎士は騎士団で最も長く生きた男であり、最も多くの者を騙し信じ込ませた男だ。――三百年、人格が腐るには十分すぎる時間だ」

「赤槻……昂我……いや、黄玉騎士……!」

 腹の奥底からぐつぐつと煮えわたる熱が全身を覆う。

 奴は虎視眈々と騎士を殺す機会を窺っていた。騎士同士では決定打に欠ける。だからこそ、騎士鎧を展開していない、緊張を解いたときに殺す手段を企てていたのだろう。

 そこまで狡猾な人間だとは信じたくなかった。

 笑いかけてくる表情の裏に、残忍な表情があったと思うと騙されていた自分が腹立たしい。

 そのとき、ガンッと突き上げるような地震が起きた。

 壬剣は書斎に隠れていた時のように姿勢を崩すことは無かったが、近くにあるツボが落下しそうだったので、そっと手で押さえた。

「最近、地震が多いですね」

 そうだな、と父親は頷く。

「それでは僕は赤槻昂我――いえ黄玉騎士討伐に参ります」

「我が剣を受け継ぎし、息子よ。ナイツオブアウェイクの未来、託す」

「行こう、零」

 こんなことをしている間にも、危ないのは凛那の身だ。黄玉騎士はずっと凛那と行動を共にしていた。凛那は人を疑うというのを知らない少女だ。黒騎士討伐が終わったと考えている今、狙うには絶好のタイミングだろう。

 書斎を出ようと手を取っ手に伸ばした時、携帯電話が揺れたのに気が付いた。初めは無視しようとしたが、切れる様子がないので仕方なく画面を見ると『ナイトレイ家』の表示が出ていたので、すぐさま電話に出る。

『浅蔵様、良かった、通じました!』

 声の主の夕陽は大分慌てているようで、息も絶え絶えである。

『凛那様がお戻りにならなくって――昂我様にも連絡いたしましたが、自宅には誰もおらず、どうしたら良いか……!』

 夕陽の声が大きかったので、電話越しに剛堅にも聞こえていたのか、彼も目を細める。

「急げ壬剣、手遅れになるかもしれん」

 その言葉に壬剣は夕陽との会話を手短に済ませ、すぐさま零と書斎を出た。

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