第34話 師匠は常々言っていた
三人の帰る方向は殆ど同じだ。
久しぶりに話し込んでしまったので、急いで国道を歩く。その間もパンダの模様はなぜ白黒なのかとか、本当にどうでも話題で盛り上がりながら帰る。
黒騎士事件もあってここ最近は夜の人通りもめっきり減っていたが、今日はちらほら同じように急いで帰宅するサラリーマンの姿などが見受けられる。これも全てナイツオブアウェイクの騎士二人のおかげだなと思う。
ふと思い出し、凛那と浅蔵はどうしているだろうかと考えた。浅蔵は相変わらず後処理で忙しいかもしれないし、凛那は夕陽さんとのんびり夜を過ごしているのだろうか。
浅蔵に黒騎士の件が片付いたと電話をしたとき、零が言い残した『近日ナイツオブアウェイクが再び揃う』という言葉を伝えた。浅蔵はその件について凛那と話を進めるといっていた。昂我はもう部外者なのでそれ以上関わる事は辞めたが、蚊帳の外というのも寂しいものである。
「うー、今日も冷えるなあ」
ワザとらしく震えながら花菱が自分の肩を抱く。
「確か大きな寒波が向かっているらしいね。もうすぐ何十年ぶりの大雪とか、ニュースで言ってたよ」
高梨は携帯の画面で天気予報を見ながら呟いた。
「大雪ねえ……毎年何十年ぶりとか言ってるよなあ。っと、じゃ、俺はこっちだから、赤槻、高梨、また明日なー」
暗闇の中、街頭だけが灯る三叉路で花菱が手を振る――。
その曲がり角から青白い影が伸びる。
体は反射的に加速していた。
足の筋肉は瞬間的に地面を蹴り、体は風の抵抗を減らすために上半身を低く保つ。体を小さく縮ませてつつ花菱目がけて突き進む。
(花菱を引っ張るか? いや間に合わない)
花菱もろとも壁に激突するのが最良。咄嗟の判断で花菱に体当たりし、花菱はぐえっと短い声を出して、壁に叩きつけられた。
すぐさま倒れた花菱を片手で受け止め、地面を転がって距離を取る。
病み上がりのせいか想像以上に体が重い。
それでも危険を察知した火事場の馬鹿力のおかげか、何とか『脅威』と距離を取ることができた。一瞬視線を外すと高梨は声も上げられないのかその場に固まっている。
「一般人を襲うってのは関心しねえなあ、と言っても聞こえないか」
その『脅威』と対峙する。それの全身は真っ青な炎に包まれている。だが本当に燃えているわけではない、なんというかオーラのようなものに覆われている。頭からつま先までは漆黒の鎧に身をまとっている。そして手にはどこで千切ったのか、一方通行が書かれた表札のポールを武器代わりに引きずっている。
(そうか、こいつがあの時の――別の場所で緑木高の生徒を襲った、切り裂き魔なのか)
「黒騎士――」
いや、この気配、以前のものとは違う。
この黒騎士は蒼い炎に包まれて異様だが雰囲気そのものも以前の奴とは違う。前は獣のように野性味があったが、今は覇気がなく幽霊のようだ。
現代を彷徨う歴史上の亡霊のように、真っ赤な瞳を爛々と輝かせて昂我を見ている。
「さながら、黒騎士ファントムってところか」
気取っている場合ではないが、少しでも自分を奮い立たせない限り、この場を乗りきる術が思いつかない。昂我の後ろには花菱、左側の道路には高梨、右側の道路にはファントム。ここに騎士はおらず、助けを呼ぶために叫べば、むしろ一般人の被害が増える気がする。
奴の放つ蒼いオーラは異様だ。
言い得て妙だが全てを氷結させる絶対零度の炎のようだ。
見ているだけで意識を持っていかれそうな力を感じ――。
「高梨、花菱、奴を見るな!」
気付くのが遅かった。
二人はファントムを直視し、蒼い炎に意識を持っていかれ、その場で気絶してしまう。
(あの炎は人の意識を凍らせるのか……!)
切り裂き魔調査の時も、学生が意識を失って倒れたというのを、今になって思い出し、昂我は自分の詰めの甘さに軽く舌打ちする。
昂我も内なる意志が歩む事を辞めようとしたが、瞬時に目線を外し、己を激励する。そうでもしなければ、『ここでどうなってもいいや』と自暴自棄な意識が沸いてくるからだ。
ファントムは標識を引きずりながら、ゆっくりとゾンビのような歩き方だ。真っ赤な瞳は昂我をしっかりと捕捉している。
(どうやってあの二人を助けながら、この場をやりきるか……)
この三差路の道路は、車二台がやっとすれ違うことができる程度の広さだ。
咄嗟に目の前にある空き地に身を滑り込ませる。するとファントムは昂我にしか興味がないのか闇夜に赤い視線を走らせながら、同じように空き地に向かってきた。
視線と行動を見れば明らかに昂我を狙っている。話して分かる相手でもないが、念のために声をかけてみる。
「お前、何故、俺、狙う」
異国の民のように問いかけたせいか、ファントムからの返答は無言。日本語で話しかけても無理だろうが。
ちらりと二人の姿を見ると倒れて怪我している気配もない。
――俺が助けてこの場から逃がしてやりたいのは山々だが、
「逃がしてくれそうにない……」
のは明らかだ。
ファントムは手に持った標識を槍のように構えて、千切れた先端部分を向ける。こいつの動きが以前のままなら、病み上がりでも何とか避けるはずだ。
ファイティングポーズを構えたまま、ファントムを睨みつける。
(だが避けれたからどうなる。あいつを倒す事は俺にはできない)
いずれジリ貧になり、そこで終わりだ。
ならば出来る事は一つ。情けない話だが撤退し、凛那か浅蔵に連絡を取るのが最善の方法。
これ以上凛那に戦いに身を置いて欲しくはないが――。
「くそ……!」
凛那の事件が終わった時のほっとした表情を思い出すと、何も伝えないほうがいいのかもしれない。だが、昂我もそこまで自己犠牲できる出来た人間ではない。
いや、ここでただ死ぬのはそれこそ無駄死にというやつだ。
生きていれば活路は見いだせる。昂我はどんな時もその信念だけは忘れなかった。
師匠は常々言っていた。
『死を感じるのは良い。だが死を望むのは馬鹿だ。現状の自分で何もできないなら、逃げ切ること、それだけを考えろ』
と。
ファントムが振りかぶり、初撃を打ち出す。そのスピードは明らかに前回の黒騎士とは違う。
勘を頼りに左側に跳躍した。普段の行いが良かったのか、無傷のまま地面を転がりすぐに立ち上がる。
(……今のは見えなかった)
ファントムはすぐさま次の攻撃を行うが、正直次の攻撃は避けられる自信がない。
すぐさま後方へ飛び、道路を目指して走り出した。友人二人を横目に申し訳ないと思いながら全力で駆け出す。案の定、ファントムも昂我を追って走り出す音がする。
鎧の音はガチャガチャと重そうで、これなら逃げ切れるかもしれない。
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