第33話 モノクロどころか、結構悪くないじゃん
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何日ぶりの学校か。
昂我が通う緑木高校は、県内でも中間ランクに位置する公立校である。進学率や就職率が高いわけではないが、唯一の特色は部活動が盛んだということだろう。運動部だけに限らず、文化部も事細かな種類があり、全てを把握している先生がいるのか謎である。
黒騎士事件が解決した後、浅蔵に電話で全てを報告し凛那の屋敷を後にした。
連日の不安から解放されたこともあってか、自宅に帰ってから昂我は数日熱を出した。
内容は覚えていないが、恐怖心だけが心に植え付けられた酷い夢にうなされながら、四日が過ぎ、結局今日にいたる。
一週間と数日ぶりの学校は、いつもと同じに感じられるが新鮮な気もする。
一年三組の教室に入る前に左手を何度か握る。結局のところ左腕の重さは変わらない。むしろ前にもまして体全体が重たくなった気がする。鎧のせいというよりは、まだ風邪をひいているのかもしれない。考えても仕方ないし、日常生活に今のところ支障はないので、改めて教室に入る。
窓際の一番後ろの席に着席し、鞄を机に掛ける。生徒は今が一番登校してくる時間で、教室内は騒がしい。普段よりも騒がしいのは今日が午前授業だけだからだろう。皆、授業が終わったらどこに遊びに行くか相談しているようで、教室内は華やかな雰囲気がある。
「赤槻が帰ってきたぜ、うぇーい!」
「ぬお!」
後ろから首に手を回され、昂我は妙な声が口から洩れた。
「今までどこに行ってたんだよう、俺様は寂しかったよう!」
「は、離せ、花菱! の、喉に、わ、技がきまってんだよ!」
「お、わりい、わりい」
パッと手を放して笑っている茶髪の軟派な男は花菱。
賑やかな苗字と性格を持つクラスメイトである。
「それで風邪は治ったの?」
昂我の席の前に座る男が、くるりとこちらを振り向く。
この狐のよう細い目を持つ知的眼鏡は高梨。基本的には真面目なクラスメイトだ。
「病み上がりだけどな」
「それは良かった。花菱の寂しがり方が尋常じゃなかったから、赤槻センセーが帰ってきて助かるよ。僕じゃまともに相手ができない」
「ホントだぜ、高梨は塾ばっか行くし、赤槻がいないと俺様は女子しか遊ぶ相手いねーんだぜ? あまりに暇すぎてバイクの免許すらとっちまったわ! 今日の帰りは絶対遊ぼうな、な!」
「花菱、テンション上がりすぎて怖いな……」
「この前、二組の女子に浮気がばれて散々だったらしいからね。鬱憤を晴らしたいんじゃない?」
「相変わらずだな」
ケラケラと昂我と高梨が笑う。
「いや、浮気じゃねーし! ただカラオケ行っただけだっつーの! あ、今日もカラオケ行こうな。赤槻がいないと俺の下手さが際立つからさ」
「確かに」
高梨が何故か頷く。
「異論はあるが、久しぶりだ、何だって着いていくさ」
花菱と高梨は頷き、それと同時にチャイムが鳴った。
久しぶりの学校の授業は相変わらず退屈で、しかもすぐ冬休みということもあり、内容はそこまで濃いものではなかった。時折、眠気と戦いながらノートを写し、たまに外を眺めて午前中を過ごす。
これまで当たり前だった日常が、こんなに新鮮に感じたのは今日が人生初めてかもしれない。
黒騎士と対峙したり、左腕が甲冑に覆われたり、ナイツオブアウェイクの騎士である凛那や浅蔵と過ごした日々を懐かしく感じる。同じ市に住んでいるが学校が別のため、二人ともなかなか出会う機会がないと思うと寂しいものだ。
三人は授業が終わるとすぐに学校を飛び出し、アーケード街のファーストフード店で腹ごしらえをして、カラオケでバカ騒ぎした後、ゲーセンで対戦格闘ゲームに没頭し、陽が落ちてからはファミレスで近況を話し合っていた。
「だから俺は言ってやったわけよ。そんな軽薄な男よりも、ここに一途な男がいるってな。そしたらなんて言ったと思う。まだ豚かミジンコの方がマシだってよ。ヒデー話じゃねーか、俺だって真面目に相談に乗ってたんだぜ?」
花菱は何杯目かのドリンクバーを一気に飲み干し、ここ最近の女性関係のもつれを事細かに身振り手振りを交えて語る。
何故昂我と高梨のようなクラスでも地味で冴えないメンバーと、女遊びばかりしている花菱がつるんでいるのかよく聞かれるが、こいつもこいつで色々あって今の縁があるのだ。
それに住む世界の違う友人がいるというのは実に面白い。
話題の方向性が違うので、世の中色々な人がいるんだなと実感できる。
「でよう、って聞いてる赤槻ー」
「ああ、聞いてる聞いてる。色恋沙汰は大変だな」
「そう、大変なのよ大変。その辺はどうなんだよ、お二人さんは」
お二人さんと聞かれ、高梨とお互いに顔を合わせて苦笑いする。
「ないね。そもそも僕は、あんまり女子と交流ないし」
制服を着崩して、いかにも遊んでいる花菱とは違い、高梨の制服はいつも綺麗に整っている。課題もしっかりと終らせる真面目な生徒なのだ。
「交流なくても好みの奴はいるだろ?」
「いなくはないけど、今じゃないかなってね。課題も塾もあればなかなか時間は取れないよ」
「今しかないんだ、華やかな高校生活は!」
「僕はその分、将来でカバーさせてもらうよ」
「大器晩成タイプって奴か、この真面目君が! 確かに高梨は良い大学行って、良い企業に就職しそうだ! くそ、羨ましいぜ!」
お、と何かを閃いたのか花菱は手をポンっと打つ。
「そしたら綺麗なオフィスレディちゃんを紹介してもらえばいーじゃん、俺様頭いい! 持つべきものは大親友だな! ぜひ俺様のために勉強を頑張ってくれたまえよ、高梨君」
ふははははと花菱は高笑いする。
「あ、そういや何時だったかな。赤槻、四桜駅にいなかった?」
不確かな記憶を思い出しながら、花菱は大げさに悩む。
「そりゃ、駅前だしいるだろ。なんかの用事があったんじゃないのか」
「いやー、ありゃ、俺様が往復ビンタくらった後だったから、結構前だな……赤槻に似てるなーと思ったんだけど、赤槻似の奴は腕を怪我してるみたいで……こんな感じで腕を吊ってさ。その隣の子がまた無茶苦茶可愛くてなー、そのせいで赤槻のはずがないって確信したんだよ」
「ゴフッ、ゴファ!」
ジンジャーエールを飲もうとしたが、気管に入り咳込んでしまう。
(く、面倒な奴に見られてたか)
「女の子が無茶苦茶可愛かったから、赤槻じゃないって確信したんだよ」
「何故二回言ってくれちゃいますかね!」
「大切なことだからな。赤槻は女子の話題を殆ど話さん。女子からも相手にされていないというか、むしろ玩具にされて弄られている気さえする。しかも思ったより、『ねー、赤槻君ってどんな感じー?』とか聞かれるからすげー癪だ。地獄に落ちろ。いや生温い。穴掘ってマントルを抜けてブラジルに行きやがれ、地球の裏側から二度と帰ってくるな。そんな灰色よりも色のない、モノクロの学園生活を送っているお前がだ。何であんな可愛い子と一緒にいるんだよ! それが俺様は心底悔しい!」
「モノクロどころか、結構悪くないじゃん」
頭を押さえてオーバーリアクションをする花菱に、高梨はため息交じりにつっこむ。
「で、結局赤槻なん?」
「あー、うん、どうだったかなあ。似てる人は結構いると思うけどなあ」
花菱に凛那の話をすると絶対に紹介しろとか言ってくるので、できるだけはぐらかしたいところだ。この男は悪いやつではないが、けしてお勧めできる優良物件でもない。
「あんな前髪長い奴が何人もいてたまるかと思うが、そうかそうなのか……赤槻がそういうならそうなんだろうな。でも彼女出来たらいつでも教えてくれよ」
昂我が否定したことに花菱は肩を落として、寂しそうに言う。
「できればな」
できないとは思うが。
今まで色恋沙汰なんて縁がなかったし、どうもそういった感情がよく分からない傾向がある。今ですら様々な感情をやっと覚えたようなもんだ。
恋愛がどうこうといわれても、もう少し振舞い方を覚えなければ発展のしようがない。
「そのときは祝ってやりたいわけよ。友達が誰かに認められるのって嬉しいじゃん?」
な、高梨もだぞ! といって高梨に親指を立てる花菱。
「ありがとう……と、そろそろこんな時間だね」
高梨が携帯電話を取り出す。花菱もつられて取り出すので、画面を覗き込むと早くも二十二時を過ぎていた。さすがにこれは学生としてあるまじき姿だと、冗談めかしに花菱は言って立ち上がり、二人も後に続く。
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