第25話 金剛を受け継ぐ騎士、浅蔵壬剣
騎士紋章を持っていない父親の影に怯えながらも屋敷内を進む。
現場から黄玉騎士の形跡が出てから、妙な違和感に支配されているのが自分でも分かる。その違和感はまだ小さなもので形もないが、心のどこかにもやもやと影を落とす。
西館から中央館を抜け、東館の三階に足を踏み入れた時、違和感以上に奇妙なものを見た。
「なんだあれは」
階段から三階東館の廊下を覗きこむと、そこには女神の石像が廊下のど真ん中に浮いていた。
その姿は何処からどう見ても女神で腰のあたりには純白の羽が生えており、簡単な鉄甲冑を身にまとい、表情も兜で覆われている。
「反応なんてなかったぞ……?」
ダイヤモンド・サーチャーで確認した際、屋敷の中に生命反応は間違いなくなかった。
(これも黒騎士が成せる技なのか? 例えできたとしても僕の家の廊下に設置する意味がない)
ではなんらかの騎士鎧の能力か。
(いや、この街にいる騎士は僕と凛那君の二人のみ。僕のダイヤモンド・サーチャーにあんな女神を召喚する能力はなく、凛那君のルビー・エクスクワイアも同様だ。他の騎士に関しては何処でどんな活動をしているのか知らないが、騎士同士が近くにいる場合に発生する《共振反応》も発生していない。ということはここに他の騎士がいないのは明白)
「となると第三の可能性は――遺物か」
遺物とは人知を超えた能力を有する物質の事である。騎士団ナイツオブアウェイクのシステムを作りだした上位存在達がこの世界に置き忘れていったとされる超異常現象物質。それは本来この世界に存在しないものを呼び出す術式が記載されている本や武装、その他様々な形状の物体が存在する。
殆どは封印が施され、この様に単一で動きだす事はないのだが、もし黒騎士の出現により、何らかの封印が解けたのだとしたらあり得る話だ。
黒騎士が活動し、三百年ぶりに騎士鎧が二つも活動しているのだ。この四桜市一体の状態が異常空間として遺物に影響を与えるのは当たり前かもしれない。
あの光り輝く女神の後ろに父の書斎へと続く廊下がある。あの女神をどう回避して進めばいいか壬剣は思案する。
「騎士紋章も反応なしか」
左手の甲にある騎士紋章が《人類の脅威》と認識している訳ではない。封印されていた遺物ならば、反応するのが当たり前なのだろうが、何故反応しないのかも気になる。
「敵ではない……のか?」
女神の表情は甲冑によって隠れていて何も見えない。ただ腰に剣らしきものをぶら下げているので、攻撃手段は有しているのだろう。
ダイヤモンド・サーチャーを展開し、女神のパラメーターを探るがそこには何もいない事になっている。現実に確認できるが、この世界に存在していないとダイヤモンド・サーチャーが告げている。女神も黒騎士と同じく《全知の視界》キャンセラーを有しているようだ。
騎士紋章も《脅威》と反応しない、ダイヤモンド・サーチャーも実態を捉えない。ならば答えは明白か。あれはこの屋敷内にある何らかの遺物が映し出す幻影。
推測通り黒騎士や騎士鎧に呼応して、ただ姿を現した蜃気楼の様なもの。
だからそこに何も存在しないのだ。
浅蔵は考えをまとめると、ダイヤモンド・サーチャーの腰に下げていた剣を天使に向かって一直線に投げつけた。
「――」
女神は機械的な動きで腰から剣を抜き、ダイヤモンド・サーチャーが投げた剣を弾き返す。剣は甲高い音を立てて、壬剣の手前に深く突き刺さった。
女神は再び眠りにつく様に剣を腰に収め、ただそこに佇む。
意志を持った生物というよりは動きが機械的で正確。しかしそれ故に近寄る事は叶わない。
「機械人形か。やはりどんな事でも用心に越した事はない」
投げた剣を引き抜きながら、機械人形を凝視する。
蜃気楼だと思いあのまま歩んでいたら、こちらが真っ二つにされているところだった。
廊下に出ても女神はその場から歩き出す事はなく、廊下に立ちふさがったままだ。
しかし機械人形だったとしても疑問が残る。
このダイヤモンド・サーチャーは同じ騎士鎧以外ならば全てを把握する事が出来る。騎士鎧同士はお互いが発生させている《聖域》により、お互いに騎士の特殊能力を無効化させるので《全知の視界》も意味がない。
だがその他のモノならば、構成物質や次の相手の動きなど細かな情報を把握できる。
それが出来ないとなると――。
「第四の可能性は――父を守るガーディアン」
それが一番しっくりくる。
この先は父親の書斎しか重要な場所はない。数年間父親の住む東館に足を踏み入れた事はなかったが、こんな物騒なものを廊下に設置しているとは知らなかった。
あらかた騎士紋章を受け渡してから騎士の力が無くなったことに不安を覚え、用心棒代わりに設置したのだろう。
父親は騎士の力でここまで成り上がった男。
裏では金を稼ぐために鎧の力を使って行動していた。ならばどこぞの組織に恨みを買っていても不思議ではない。
(何はともあれ、面倒な話だ)
父親の書斎に忍び込むために、父親が設置した門番を倒さなければいけない。
奴は何時も立ち塞がる。しかも重要な時程、常に。
(ならばそれを打ち砕こうじゃないか、こんな所で足止めを食っている訳にはいかない)
黒騎士の被害が街に出る前に、現在の騎士団長として剣を抜かなければいけないのだから。
「金剛を受け継ぐ騎士、浅蔵壬剣」
左腕の甲に意識を集中すると、ダイヤモンド・サーチャーが地面に刺さった剣を引き抜く。 そして機械人形に向かって剣を付きつける。
「通らせてもらう」
ダイヤモンド・サーチャーは状況把握能力に特化した鎧だ。だがどんなトリックをあの父親が使ったのか分からないが、この機械人形のパラメーターを知る事が出来ない。
(それでダイヤモンド・サーチャーの能力を防いだつもりか?)
「状況把握だけが売りじゃない――!」
手に持った剣を再び機械人形目がけて投げつける。
機械人形は自身の攻撃圏内に入ると自動的に攻撃態勢に入り、腰から剣を抜き、対象を叩き斬る。予想通り、先ほどと全く同じ動きで剣は地面へと叩き落とされた。
だが同時に金属を叩き潰す鈍い音が生じる。
「――」
機械人形の右腕が千切れ飛んでいた。
彼女に意志はないが、疑問の様な顔を浮かべた気がした。
「盾もあるんだよ、騎士にはね」
剣を囮にし、己を守る盾を機械人形目がけて力任せにぶん投げたのだ。
多少手荒な方法だが、これも戦法の一つに違いない。
盾は廊下の突当たりで絵画を破壊し、機械人形の腕もろとも壁に突き刺さっている。
ダイヤモンド・サーチャーの全身を守れる程の盾も、騎士鎧同様に意識の集合体。
盾に『己の場所に戻れ』と念じれば、再びダイヤモンド・サーチャーの元へ姿を現す。
「機械人形に学習機能はないだろう。その場の者を破壊する単純なプログラムだ。ならば地味な手段とて、使わせてもらうよ」
同じように剣を囮に盾を投げつける。
盾が重いせいもあってか、次は女神の左翼を千切ったにすぎなかった。
「三度目は外さない」
しっかりと狙いを定め、盾を投げる。
盾はごうごうんと風を斬りながら女神の首をあっけなく吹き飛ばし、その胴体もろともキラキラとした光の粒子となって消滅した。
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