第24話 ダイヤモンド・エクソダス

 3


「繋がらないか」

 壬剣はイラつきを隠しきれず、スマートフォンを乱暴にポケットへと押し込んだ。

 黒騎士が《黄玉騎士》の可能性がある事を父親に尋ねたかったが、留守番電話に切り替わるだけだ。この屋敷内にいないのは確実だが、あの男が今どこにいるのか分からない。

「肝心な時に……!」

 浅蔵家は騎士団長金剛の騎士紋章を過去から受け継ぐ家系。

 自宅は一見豪華な洋館だが、実際は騎士団の書記が記した文献の数々を補完する書庫、騎士団がこれまで封印してきた遺物保管庫、そして地下には監獄迷宮など、ナイツオブアウェイクの拠点となる機能が数多く備えられている。

 しかしその中には騎士紋章を持った人間が、黒騎士に変化する現象が書かれている文献は保管されていなかった。

(人の脅威を殲滅するのが騎士の役目だ。逆に騎士が人を脅かす存在になるとは――何故だ)

 壬剣も凛那もこの騎士というシステムに組み込まれている以上、同じように黒騎士に変化する可能性も捨てきれない。

 騎士の役割や騎士とはなんたるかなんて事は、ある程度過去の資料で調べることはできたが、過去にも似たような事例がないとなると対応策を練る事も出来ない。資料がないのならば、元騎士に尋ねれば良いがその騎士である父親は相変わらず家にはいない。

(ならば何を手掛かりに、状況を打開する――?)

 話しを聞ける仲間はいない。前例もない。

(こんな簡単に手詰まりか?)

 まだ読んでいない書物が何処かにあるのか……と考えたが、地下書物庫以外に保管場所を見た事がない。もしあるとしても自室に持ってきた分だけだ。だからすべて目を通している。

「いや、待てよ」

 顎に手を当てて浅蔵は考え込む。

 この屋敷内で侵入していない場所が一つだけある。

「あいつの書斎」

 騎士団長を務めていた父親の書斎ならば、機密文献が残っているかもしれない。そもそも騎士紋章を受け継いだ時も、浅蔵邸の外にある別館で執り行ったので父親が住んでいる東館には数年間、足を踏み入れていない。

 浅蔵は自室でダイヤモンド・サーチャーを展開し、屋敷内の人間の気配を探る。

 門の外くらいまでなら、問題なく気配を察知できるのを改めて確認する。

「僕だけのようだな、よし」

 父親の書斎に侵入し、他の騎士に関する情報を得る。その中で黄玉騎士と黒騎士に関する内容を読む事が出来れば、状況は一気に好転するかもしれない。

 着替える時間も勿体ないので、ブレザー姿のまますぐ自室を出た。

 浅蔵邸を脳内に描く。

 屋敷は単純な作りで三階建と地下である。西館、中央館、東館と分かれていて父親の書斎は三階東館の一番奥、三階西館の一番手前の部屋に住む浅蔵からすれば正反対の場所に存在する。

 自室のドアを開け、まずは中央館に戻る。中央館は屋敷の出入り口となっており、先ほど帰ってきた場所だ。真冬にも拘らず、邸内は暖かくブレザー姿でも寒さを感じない。物音もなく、歩いている足音は赤い絨毯に染み込んでいく。

 夜の屋敷は不気味で廊下の所々に絵画や甲冑が置かれており、真夜中に見ると子供の頃恐怖を抱いたな、と思い出し苦笑した。

(怖い時は母さんによく泣きついていたな――)

 父親と母親が離婚したのは小学校に入った頃だったか。

 子供に理由は分からなかったが、父親と不仲だったのが原因だとなんとなく感じていた。

 父親は壬剣に騎士としての身構えを叩き込んだ人ならば、母親が人間としての感情を育ててくれた人だった。だからストッパーの役割を持っていた母親が消えてから、父は壬剣に厳しく当たってきたのだろう。

(そのおかげで多少の事には動じなくなったが)

 幼少時から剣道、空手を学ばせられ、基礎体力は当たり前の様に鍛えられている。

 学力は常に必要とされ、小学校で高校生の教科書を解かされていた。

 だが一番きつかったのは父親との実戦訓練だろう。

 勉強も武道も専門の先生が付いてくれていたが、実戦だけは違う。父親が金剛騎士として壬剣と相対し、真剣でお互い斬り合う。生と死を学ばせ、強敵と向かいあった時、閃きにより活路を開く技術。それを学ばせたかったのだろう。

 命を取られる事はなかったが、ギリギリの駆け引き故に生傷が絶える事もなかった。普段から父親と会話する機会はなく、稽古時は常に敵と向かいあっているようで心が竦み上がったものだ。しかも奴は容赦なく騎士鎧も発動するので、全力で叩き潰しに来ていたのだろう。

 まさに子を谷底へと突き落とすライオンそのものだった。

 思い出すだけでも、もう二度と向かい合いたくないと思うと同時に、父親に対して逃げ腰の自分に苛立ちが湧いた。

 壬剣も今は騎士紋章で鎧を展開できる身。

 同じように父親と鎧を展開しながら打ち合ったならば、好戦出来るだろうか。

(いや、無理かもしれない)

 今でも剣を握っていた父親の瞳を思い出すと身が竦む思いだ。

(今ならはっきりと分かる。僕とあの男の間には決定的な意志の違いがあった事に。僕は父親に勝ちたい、その思いしかなかったが、あの男は僕を通して別の何かを見ていた様な気がする。……そういえば父親の鎧は何といったか。僕のダイヤモンド・サーチャーと同じように光り輝いていた)

 細かい姿までは覚えていなかったが、子供ながらに神々しい印象が残っている。

「《ダイヤモンド・エクソダス》……だったか」

 騎士紋章から展開される鎧の名称は、受け継いだ本人が命名する。壬剣の場合は単純に状況把握能力に長けているので《ダイヤモンド・サーチャー》、凛那の場合は騎士見習いなので《ルビー・エスクワイア》、そして父親の鎧は《ダイヤモンド・エクソダス》。

 エクソダスとは脱出することを意味する。奴は何を思ってその名を付けたのか、語りあう日は来るのだろうか。

 ないな、と胸中で否定し壬剣は苦笑いした。

 騎士紋章は基本的に鉱石により能力は違う。また同じ鉱石でも引き継ぐ人間によって、基本能力とは別に新たな能力が付与されるケースもある。壬剣はまだ自分の能力を出しきれていないせいか、基本となる状況把握能力の《全知の視界》しか発動できない。

 今思えば父親は他の能力も有していたのかもしれない。

 それがどんな能力なのか見た事はないが騎士紋章を受け継いだ今、父の能力を見る機会はないだろう。

 それでもあの男を思い出すと、心がざわつくのは何故だろう。

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