第26話 いかにも父親が考えそうなことだ……!

「随分と簡単だ、な」

 ――頭上から迫る影を感じ咄嗟にその場を飛び退る。

 無理矢理前跳躍したせいか、受け身も取れず無様に地面に転がった。

 急いで立ち上がると、剣を両手に持った、同型の新たな機械人形がその場に立っている。

「本体はこちらか!」

 防衛女神が斬られたら発動するプログラムなのだろう。本来ならば今の一撃で刺されていた。だが、『死』の気配が壬剣の背中を無理やり押してくれた。

(命がけの真剣の試合がここで役に立つとはな……!)

 両手に剣を持った機械人形の目的は先ほどとは違うようだ。明らかに間合いを測り、いつ斬りかかるかタイミングを計っている。

「いかにも父親が考えそうなことだ……!」

 敵と見せかけてそれは囮、本命は別の一撃。

 皮肉にも先ほど自分が剣を囮とした陽動戦術と同じである。

 この機械人形は完全なる戦闘型、現状打ち合うしか方法はない。

 ダイヤモンド・サーチャーで右手に片手剣を構え、左手に盾を持つ。壬剣自身は剣と盾の重みを感じながら、機械人形を見つめる。

 最初に動いたのは機械人形だ。

 空中を滑る様に突進し、仲間を破壊したダイヤモンド・サーチャー目がけて剣を振り下ろす。

「はっ!」

 気合と共に盾で剣を受け止め、左手に持った剣で応戦するが、機械人形ももう一方の剣で一撃を受け止める。

 体勢を立て直し、何度か討ちつけるも反応速度は機械人形の方が上で、剣が奴の身体に傷を付ける事はない。機械人形の剣はスピードもあり、一撃に致命傷はないがダイヤモンド・サーチャーの甲冑に、ダメージを僅かながらも確実に与えていく。

 直接自らの動きをトレースさせる事によって、騎士鎧は騎士の意志をダイレクトに反映して能力を向上させるが、そもそもダイヤモンド・サーチャーは状況分析型。やはり戦闘では一手遅れてしまう。

 この機械人形に特殊な能力が備わっていないのが幸いだろう。

 もし魔術や異能を操る存在だったなら防戦すら行えなかった。

 盾で機械人形の剣戟を受け続ける事は可能だが、徐々に押されているのも事実。父親の書斎は後方数メートルに存在するが、背中を向けて走るのは自殺行為だ。

 現状、ダメージを受けても鎧を回復する手段が自然回復しかない以上、余計なダメージは蓄積したくない。

 悩んでいる間にも機械人形の攻撃は増している。

 このまま徐々に後退していけば、部屋には入れるかもしれない。しかしその後はどうする。書斎の中まで機械人形が侵入してきたら、調べられるものも調べられない。

(何か方法は――何か)

 《全知の視界》が封じられている状態で、攻撃特化型の機械人形を撃退する方法。

 今後、騎士として責任を背負って生きていく中で、同じような状況は幾つもあり得るだろう。この程度の事、乗り越えられないでどうすると自分を鼓舞する。

(本当にこの程度の力が騎士団長としての力なのか? 騎士の鎧には何かまだ隠されているのではないか?)

 いくら思案してもダイヤモンド・サーチャーは応えてくれず、隠された能力が開花する訳でもなく、ただ盾で敵の攻撃を受け止めるのみである。

「く、歯がゆい――!」

 これまで一人で大体の事は出来てきた。勉強もスポーツも小さなトラブルも、あらかたの事は回避できた。だが結局力と力の押し合いとなると、打つ手がなくなってしまう。凛那のルビー・エスクワイアがいれば――他の騎士がいてくれれば、ダイヤモンド・サーチャー自身にもっと力があれば――。

 盾で受けきれない攻撃が、壬剣目がけて振り下ろされるが何とか避けきる。

 しかしこのままではいずれ刺されるのも時間の問題。

 苦悩が思考を覆い、打開策検討に意識を持っていこうとしても、すぐに引き戻されてしまう。

 小さな頃、母親に読み聞かせられていた童話の主人公達は、どんな苦難も乗り越えてきた。

 だが現実はどうだ。

 状況に対応できず、己の力量不足を嘆き、そのまま朽ち果てようとしている。

 人とは本来、簡単に死に直面する生き物なのかもしれない。

 能力に目覚める事もなく、人生の大舞台でもなく、ちょっとした一場面ですぐ命を落とす。そんな世界に紙一重で立っているのかもしれない。

「くっ!」

 避けきれなかった刃が左腕をかすり、制服に血を染み込ませる。

 父親と真剣で亘り合った時に感じた痛みを久しぶりに感じ、足の動きが鈍る。

(こんなにも痛かったか――)

 次の一撃が振り下ろされ、ダイヤモンド・サーチャーの盾が弾かれる。

「しまっ――!」

 盾が持ちあがり、ダイヤモンド・サーチャーの胴がガラ開きとなり、機械人形のもう片方の剣が、壬剣の身体もろともダイヤモンド・サーチャーを叩き斬ろうとする。

 無理だとは分かっていても、腕で剣を受け止めようと身体を硬直させる。

 ――しかし直前になり機械人形の剣がピタリと停止した。

 まるで時間が止まった様に剣は横に薙ぐ形で固まり、壬剣とダイヤモンド・サーチャーを斬りつける事はなかった。

「な、何が起こったんだ?」

 戸惑っていると機械人形の首が突然一回転して後方を振り向く。再び身構えるが機械人形は興味を無くしたようで、猛スピードで窓を突き破り、姿を消した。

 壬剣は割れた窓を見つめたまま数分ボーっとしていたが、柱時計の音が遠くで打たれたのを感じて我に返った。

 時刻は丁度日を跨いだ。

 急いで父親の書斎を目指す。

 何故、機械人形が飛び去ったのか分からないが、この機会を逃さない手はない。

「――と……」

 書斎へと走り出すと足が絡んで上手く走れず、たたらを踏んでしまう。立ち止ると足が震えている。

 何度か太股を叩き、まだやるべき事があると自分を奮い立たせ、父親の書斎の扉を開いた。

 幸い鍵はかかっておらず、ドアは木が軋む音と共に迎え入れてくれた。

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