第9話 あ、ナイトではないですね。イブニングでしたね……

 反射的に凛那が「はい、どうぞ」と返答する。

「凛那さん、お茶が入りましたよ、やっとお取り寄せ品が届いたんです、季節限定のフレーバーティー! ふー! お友達と一緒に、ぐぐっといっちゃいましょ! レッツ、パーリナイ!」

 突き抜けるような明るい声と華麗なステップで入室してきたのは、青と白をメイン色に据え、リボンとフリルが付いたエプロンドレスを身にまとった可愛らしいお手伝いさん。

 髪は短くショートカットの明るい少女で歳は凛那の少し下くらいか。弾ける笑顔が印象的で毎日笑っているのだろうと、初対面でも感じる事が出来るほどの明るさだ。

「あ、ナイトではないですね。イブニングでしたね……」

 室内の重たい空気を感じ取ったのか、方向違いの修正をしたお手伝いさんはクラシカルな机に紅茶を置いた。リンゴの甘い香りが漂い、三人は顔を見合わせて苦笑いする。

「あちらに移動しましょう」

 凛那がそういって、イブニングティーへと誘う。

 ずっとベッドに座って喋っていたので丁度良いタイミングだ。年代物であろう椅子に腰かけて、お手伝いさんが楽しそうに準備している姿をみて部屋の空気が軽くなるのを感じる。

 テーブルの上にはアップルティーとワッフル、他にもチョコレートやカップケーキなどが準備され、ちょっとしたお茶会だ。

「ありがとうございます、夕陽さん」

 凛那が夕陽と呼んだメイドさんにお辞儀をすると、「いえいえ、準備も楽しいですから」とにこやかに笑い返してくれた。

 夕陽はてきぱきと動きながら、あらかた準備を終えると何かに気が付き一瞬立ち止まる。

「あら、凛那さん。髪留めなんて珍しいですね」

 ベッドの横で凛那はずっと俯いていて昂我は気がつかなかったが、頭の左側に髪留めが見受けられる。透き通る様な蒼石で作られ、雪の結晶をモチーフにした形をしている。

(随分高級そうな髪留めだな、さすがお嬢様)

「ふーん、何処のブランドでしょうね、凄く綺麗です。あ、高級そうな所を見ると浅蔵様のプレゼントですね!」

 夕陽がにやにや笑う姿にゴシップが好きそうな主婦の面影を感じる。やはり家政婦として働くと、身近なゴシップを収集しようとするスキルが高まるのだろうか。

「父が金剛の騎士紋章を僕に受け継いだ時に、『もし他の新米騎士にあったら渡せ』とくれたものさ。凛那君は意識でルビー・エスクワイアを動かしているから、どうしても直接騎士が動くより性能が落ちてしまう。そのための制御アシスト用さ」

 と、当の浅蔵はそっけない返事だ。動きにくそうとはきっと昨日の戦闘の事だろう。

 思い返せば昂我にはルビー・エスクワイアやダイヤモンド・サーチャーは見えなかった。

 一般人には見えないのかもしれない。

「女子にプレゼントなんてあげてると、あのときみたいに許嫁様に叱られますよ?」

 何食わぬ顔で紅茶に手を伸ばそうとしていた浅蔵の手がビクッと止まり、クールな表情も今の一言で簡単にひきつる。

「べ、別に、恥じる理由などない。こ、これには立派な理由がある。同じ騎士として、凛那君とは兄妹同然に育ってきた身。初任務でお守りを渡すのも悪くはないだろう? ナイツオブアウェイクの騎士団長としての務めだよ」

(浅蔵が団長とは初耳だ)

 だからこそ常に怯えた凛那とは違い、引き締まった表情をしているのだろう。

「して、その許嫁様って誰なんだ?」

 団長の話題よりも明らかに面白そうだったので、昂我はすかさず夕陽に尋ねた。

「彼女はですねー。ふふふ」

 思い出すだけでも楽しいのか、夕陽の顔から満面の笑みがこぼれている。

(ああ分かった。この人きっと、真面目な人が困っているのを楽しむタイプだ)

「なんと生まれた頃からお互いに愛を誓い合った許嫁様なのです! 生まれも育ちも良い所のお嬢様で、気品に満ち溢れた活発なお方でして、お住まいは海外なのですが一年に一度だけ浅蔵様のお屋敷にいらっしゃるのですよ」

「ほー、漫画みたいな話だな」

「それでですね。去年なんて凛那さんが浅蔵様の御屋敷にご挨拶に伺った時にいらしてしまったので、もうなんと申したらいいか――地獄の一丁目? 三丁目? いえ、地獄の渋谷とでも申しましょうか――泣けや叫べや歌えやの大騒ぎで――実に楽しい宴……いえいえ、実に感情豊かなお方ですね」

 夕陽はその場でくるくると踊りながら、マシンガンよろしく次々と口から思いついた事を吐きだす。しかしそこは銀髪の浅蔵。一気に紅茶を飲みほし、にっこり笑顔で夕陽にお代りを促す。

「あら、もうちょっと味わって飲んでくださいませ。希少なんですから」

「いや、すまない。つい喉が渇いていたものでね」

 ははは、と軽く笑いながら、浅蔵が話を切り替える。

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