第3話 答えを出せないでいる

「……ゆるさ、ない……ゆるさな、い、騎士――騎士をおおお――」

 喋るのが苦しいのか、途切れ途切れに彼は言葉を繋ぐ。

「騎士を――だと? 俺達を知ってるのか」

 訝しげに浅蔵は尋ね返す。

 ナイツオブアウェイクは人類が文明を築き始めた頃から存在し、騎士紋章を人から人へと受け継いできたが、活動は常に歴史の裏舞台だ。

 表舞台に立つと行動に支障や制約が出てくるので、その存在を知るものは極少数である。

「――ぐ、は――、その、赤く、まばゆ、い光は、紅玉――」

「ひっ……」

 彼の憎悪に満ちた深い瞳に自分の存在を認識され、もう逃げる事が出来ないと直感する。

(――嫌な予感がする)

 この男の正体は分からないけど、間違いなく好ましい者ではない。騎士紋章は先ほどからずっと凛那に伝えている。

《貫け》と。

「う、そ、そうかここは――かん、かく、が……お、おれは――。聞け――、俺のり、理性が、まだ、ある、うちに。騎士紋章を、も、つ、若い、騎士た、ち」

 彼は己の身体を両手で掻きだす。ワイシャツはビリビリに破け、血が滲んでいる。

 衣服の隙間からは鉄のプレートの様な物が見えた事を凛那は見逃さなかった。

「ぐああああ、りせいが、い、いしが、く、くくく喰われる――」

 う、ああああと、叫び声を上げながら彼の身体は徐々に変化していく。先ほどまでの細い腕は重々しいガントレットに変化し、両足はすでに鉄のグリーブが装着されている。

 凛那の騎士紋章紅玉もそれに呼応するかのように赤く眩い光を放つ。

《早急に奴を貫け》と叫んでいる。

「さああ、はやくあああ! 紅玉の騎士よおおお! 零が、いな、い、今、お前の槍でなければ、なければ、なければ、私を貫けないいいいいいいいいあああああああ!」

 断末魔の叫びが闇夜に響く。

 突然名前を呼ばれ「何で私が」と慌てて浅蔵を見つめるが、彼もこの状況に理解が追いつかないのか、男が漆黒の鎧に蝕まれていく姿を凝視したままである。

「はや、く、まだ、お、おさえ、きれ、ている――うち、に……! で、なければ、いずれ、き、君たちを、こ、こ、ころしてし――」

「わ、私……」

 いざ攻撃するとなると膝ががくがくと震えて、その場にへたり込みそうになる。しかしここで座り込んだら二度と立ち上がる事は出来ない。

 微かに残った意思がその場に立つ力を与えてくれた。

「凛那君、撃つんだ!」

 切迫した声で浅蔵が言い放つ。

「わ、わたし、で、できない! だって、あれは……あれは人なんですよ! さっきまで喋って、歩いて……これまで過ごしてきた過去もあって……私は人を――さ、刺せない!」

「凛那君、気持ちは分かる。だがダイヤモンド・サーチャーの能力では決定打に欠ける。ここは奴の言う通り、ルビー・エスクワイアの《月をも貫く槍》しかない!」

 左肩に存在する騎士紋章紅玉が周囲を鮮やかな赤色に照らし、身体の中に熱が溜まる感覚がある。その熱はマグマの様に流動し、内側からの力に耐え切れず、凛那の意に反して騎士鎧が展開された。

 出現したのは真紅に染まった細身の赤鎧ルビー・エスクワイア。

 女性らしいフォルムで騎士団ナイツオブアウェイクの旗を装着した槍を手に持っている。

 だが一足遅かったのか、男の身体も完全に黒鎧に包まれていた。

 男の鎧は浅蔵達の騎士鎧とは違い、博物館や古い屋敷に置いてある無骨な鎧と瓜二つである。頭から足まで漆黒の甲冑に覆われ、禍々しい雰囲気が放たれている。所々は錆び付き、幾多の戦場を生き抜いてきた鎧のようだ。また凛那や浅蔵の場合は自身を中心に半透明の鎧が展開されるのに対し、彼の場合は物質化した鎧を完全に身にまとっている。

 これまでの苦しみは何処に行ったのか漆黒の鎧となった男――黒騎士はすっと背筋を伸ばし、その場に直立する。

 辺りに一瞬の静けさが訪れた。

 あの男はもう何も語らず、苦しむ事もなく、左腕を天に掲げた。

 徐々にガントレットに闇が集まり、攻撃の意思があるのは見るまでもない。

「凛那君――さあ、早く!」

 浅蔵は先ほどよりも声を大きく張り上げ、ダイヤモンド・サーチャーは盾を構える。

 男はまだ力を溜めている。

 凝縮された闇は徐々に彼の左腕を包んでいく。

 凛那は力一杯目をつむり、意識を赤鎧ルビー・エスクワイアに集中させた。

 本来、騎士鎧は騎士と同じ動きをする。しかし戦闘経験のない凛那は自らが動くのではなく、騎士称号に蓄えられた《過去の騎士の記憶》を呼び起こし、ルビー・エスクワイアに動きのイメージを重ねる。するとルビー・エスクワイアが過去の記憶にアシストされ、徐々に、だが確かに力強く動き出す。

 凛那が『身構える』とイメージしただけで、(自身が動くより能力は衰えるが)それでも確実にルビー・エスクワイアは槍を構えてくれた。

「でも、私は――どうしたら――!」

 心はまだ迷っている。

 あの男は鎧に覆われ、黒騎士へと変化した。それでも中は人間だと信じたい。理性があり、本当は争いを好まない善人だと思いたい。

(でも、だ、だからと言って、私は彼を貫けない――?)

 だが浅蔵のいう事も分かる。

 今討たなければ確実に殺されるだろう。

 殺すか、殺されるか。

 騎士としての責任を果たすか、果たさず一般人のまま命を落とすのか。

 思考の迷いがルビー・エスクワイアに伝わり、赤鎧は勝手に槍を構え、力強く投げるモーションに入る。

「だ、だめ、まだ、私は!」

(答えを出せないでいる――)

 ルビー・エスクワイアを制御しきれず、赤鎧は勝手に槍を全力で投げる。

 槍は空中で騎士団の旗をパージし、旗は黒騎士に向かって赤い直線――槍の軌道を作りだす。その赤い道筋に乗り、ルビーの原石で作られたごつごつとした武骨な歯先は真っ赤な流星となって加速する。

 時間にして刹那、腕を掲げたままの黒騎士の左胸に直撃――周囲に爆音が轟く。雪が積もる地面は抉れ、空から芝生や土が落下する。黒騎士の直線状にあった公園の木々はなぎ倒され、自分で投げたにも関わらず、凛那は槍の威力に圧倒される。

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