第2話 私たちがあの男の処遇を決めなければいけない?

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「凛那君、落ちついて行こう」

 凛那の隣には日本人にしては珍しい銀髪の男性がいる。学校は別だが、騎士としては数日だけ先輩である。名前は浅蔵壬剣。

 浅蔵とは幼い頃から交流があり、凛那は兄のように頼りにさせてもらっていた。

 浅蔵は紺のブレザーの上に四桜都市第一学園指定の白いコートを羽織っている。甘いルックスもあり、気品のあるコートを羽織っているとまるで何処かの俳優の様だといつも思う。

 凛那も学校帰りのため、セーラー服に綾乃坂女学院指定の紺のコートを着用していた。

 今日は北風が強く、赤いマフラーを巻いていても体温が奪い去られていく。

 そのせいか家族やカップルで賑わう四桜公園も、連日の大雪で歩いている人は誰もいない。

「この状況には都合が良い」

 浅蔵はそう言って目の前にいる男を睨みつける。

 二人の前に立つ男は三〇代くらいでボロボロのズボンとワイシャツを着用している。髪も長くてお世辞にも清潔感があるとはいえない。足元はふらついており、時折、頭痛がするのか頭を押さえる素振りがある。

「あれが三百年ぶりの人類の脅威」

 早速騎士としての責任を全うできるのが嬉しいのか、浅蔵は楽しそうに言葉を続ける。

「人類の脅威を遥か昔から抹消して来た騎士団――ナイツオブアウェイク。騎士紋章を受け継ぎ、こうして初めて敵と相対して実感するよ。自分が人類を守る騎士になった事をね」

 彼の左手の甲には剣をイメージした簡易的なデザインの痣があり、真っ白な淡い光を放っている。騎士紋章が脅威に対して反応しているのだろう。

 凛那が先日自室で感じた肩の騎士紋章の疼きも同じ現象だった。

「に、兄さん、あの人は何をしているのでしょう……?」

 男は騎士である浅蔵と凛那が目の前にいるのに気付いてない。

 頭を押さえて呻いては、空に手を伸ばして幻想をかき消すように腕を振るっている。

「分からない。僕の《ダイヤモンド・サーチャー》では彼が人間以外のなんなのか把握できない。それとも僕が騎士鎧の扱い方を間違っているのか?」

 浅蔵が持つ騎士紋章は騎士団長が代々受け継いできた《金剛》。

 指揮官としての状況把握能力、《全知の視界》を所持している。あの男を見れば心身状態、想定される行動、憑いているモノ等が分析できるはず――だった。しかし、《全知の視界》には何もステータスが表示されない。

 あの男が分析をキャンセルする能力があるのか、それとも騎士鎧を扱いきれていない浅蔵の落ち度なのか、新米騎士の二人にははそれすらも分からなかった。

 凛那も何かしら手を貸そうと考えたが、騎士紋章紅玉は戦闘型なので浅蔵の指示を待つしかない。

「騎士紋章が反応しているから、あれが人類の脅威である事に間違いないが、分析できないのでは動きにくい……厄介だな」

 人知を超えた特殊能力を宿した騎士鎧を展開していても、所詮は学生。

 学校や日常生活で学んだ事は、ここでは大して役に立たない。

「で、でも騎士紋章に間違いはない――はずですよね……?」

 騎士紋章は騎士である証の他に、騎士に人類の脅威を知らせる。今、危険かどうかが問題なのではない。騎士紋章が反応したらそれは『もう敵』か『将来敵になる』の二つしかない。

「――もっと詳しく教えてくれればいいものを」

 浅蔵がボソッと呟く。

 多分、前金剛所有者――浅蔵剛堅氏に対しての愚痴だろうと凛那は思った。

(この三百年間は騎士紋章が反応する事はなかったのに、何故今になって――?)

 父親や祖父の代も脅威は出現しなかった。だから自分の代もそうなると心の何処かで確信していたし、戦いになったらきっと他の騎士たちが何とかしてくれると深く物事を考えなかった。

 だが実際はどうだ。どんな能力を有している敵かも分からず相対する恐怖。見つめられたら死ぬかもしれない、知らぬ間に攻撃が始まっているかもしれない、そんな不安を押し込めながら向かい合っていると、今すぐにでもこの場から逃げ出したくなる。

 しかし、それと同じくらい怖い事もある。

(わ、私たちがあの男の処遇を決めなければいけない?)

 強大な力を持った自分たちが、生きている他人の未来を決定する事が怖いのだ。

 何もしなければ凛那達が殺される。こちらが優勢になれば凛那達があの男を殺す。殺すということはこの世からいなくなるという事だ。歩んできた過去も未来も全てが消えてなくなる。

(私の一撃で――それが決定してしまう)

 恨みや命令なら『どうしても』や『仕方ない』という『逃げ場のある意思』が存在するだろう。だが凛那はまだ騎士になったばかりだ。そこに意思はまだ生まれていない。

 だから相手の人生を切り裂く覚悟を背負えないでいる。突然包丁を持たされ、意味も分からずターゲットを倒してこいと言われた新米暗殺者の気分と大して変わらない。

「なんにせよ騎士紋章が反応しているんだ。敵に違いない。僕は騎士としての使命を果たす!」

 浅蔵はしびれを切らして、行動に移る。手の甲の騎士紋章が淡い光から強い閃光を放ち、同時に浅蔵を包むように白鎧ダイヤモンド・サーチャーが展開された。

 騎士鎧と呼称されているが、人間が直接着る普通の鎧ではない。

 騎士紋章の原石と騎士となる人間の精神が融合し、その精神的な形が具現化されたのが騎士鎧である。

 ダイヤモンド・サーチャーの実体は半透明に透けており、大きさは約二メートルくらい。全身をフルアーマープレートに覆われ、兜からは白い光が漏れている。甲冑には鳥の羽の様なデザインが随所に施され、高貴さを感じる。武装は左手に全身を覆うほどの盾、右手には光り輝く刀身を持つ片手剣を装備しており、誰もがイメージする騎士そのものだ。

 騎士鎧は基本的に半透明で展開され、今も浅蔵の周囲に薄っすらと出現している。

 浅蔵が地面に剣を突き立てる素振りをすると、同じようにダイヤモンド・サーチャーも地面に剣を突き刺した。

「《全知の視界》の感度は上昇したが、やはりあの男は何かで守られている」

 地面に突き立てた剣の柄に両手を置き、浅蔵は「危険とみるべきか?」と独り言を漏らす。あの男に攻撃を仕掛ければ全て分かるかもしれないが、初の実戦でどれほど慎重になってもおかしい事はない。

 浅蔵の迷いを横で感じながらも、凛那はこの男を斬るのは残酷すぎると感じていた。

 騎士紋章が反応しただけで現場に急行したのだが、この男は何も悪事を働いてはいない。騎士紋章が反応したので『今後敵になる』かもしれないが、三百年間も騎士紋章は反応しなかったのだ。誤反応の可能性も否定できないのではないだろうか。

 このまま状況が変わらなければ、この場は立ち去り、その後は様子を見つつ、脅威が消えるまで見守るのもありかもしれない。

 考えを浅蔵に伝えようとしたとき、男は浅蔵のダイヤモンド・サーチャーを見て、大きく眼を見開いた。空想を見ていたが、明らかに現実に引き戻された意思のある瞳である。

「お、おおおお……こ、こんごうおおおお――き、きさまあああ」

 地の底から響く様な男の声に驚き、凛那はビクッと身を竦める。

 男はダイヤモンド・サーチャーに手を伸ばしながらおぼつかない足取りで進む。彼の瞳はドス黒く、まるで底のない奈落だ。

 浅蔵まであと三メートルと迫ったとき、ダイヤモンド・サーチャーが男に剣を付き付けた。

「それ以上近寄らないでいただきたい」

 声に不安が含まれているのを凛那は聞き逃さなかった。

 喉元に剣を付けつけられた男は浅蔵の言葉に従い、その場で足を止める。

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